第27話 ライバルたち

《sideアイス・ディフェ・ミルティ》


 生まれた時から、私の体は弱かった。高熱と咳が毎日にように出て、運動など持ってのほか。ミルティ王家の長男としての自覚がありながらも、何もできない自分の不甲斐なさを何度嘆いたのかわからない。


 普通に過ごせる者を羨み、十二歳まで私はベッドの上で病魔と戦い続け本を読み、動かないで頭を動かすことばかりをしてきた。


 十二歳を過ぎた頃から、やっと体が動かせるようになって、外に出られるようになった。


 だけどそれは決して激しい運動に耐えられるという意味ではなく、体を動かせるだけで、部屋を出て移動が出来るというだけだ。


 だから魔法を覚えた。


 魔法は体内の魔力量によって扱える者であり、私は氷属性に適性が高く。また人よりも魔力量が多い魔導士体質であったことも幸いして、魔法を得意と言えるようになった。


 だが、王族として魔法だけではダメだと思って、必死に戦術戦略や政治についての勉強を怠らなかった。


 そんな私にとって室内でできる唯一の遊びは、ボードゲームだった。


 盤上に駒を置いて、思考を巡らせる戦術ゲームは楽しくもあり、勉強の一環だった。


「兄上は、魔法の才能だけでなく、とても賢いのですね」


 健康で剣術が得意な弟ヒューイの言葉に、嬉しくもありながら、羨ましい気持ちはいつまでも取り除くことができなかった。


 十五歳になって、やっと運動ができるようになった時には、訓練をしていない剣術は他の者たちには到底敵わないほどに劣っていた。


 魔法と戦術。


 私に選べたのは、その二つだけだった。


 そんな時に、彼を見た。全てを持った理想の男。


 私がブライド・スレイヤー・ハーケンスに初めて会ったのは、学園に入学する半年前、帝国にある学園都市に招かれて開かれた大規模な社交会だった。


 王族や名家の子息たちが一堂に会するこの場は、各国間の政治的な駆け引きが繰り広げられる重要なイベントであり、出席するだけでも相応の品格と教養が求められる。


 その日、私はこれまでの体の弱さから社交会への参加も初めてに近かった。


 そのため隅の席で静かに過ごしていた。華やかな衣装をまとった貴族たちが踊り、会話を楽しむ中、ブライドは遅れて会場に現れた。


「ブライド・スレイヤー・ハーケンス殿下のご到着です!」


 司会者がブライドの名を告げると、会場全体がざわめき、視線が一斉に入り口へ向けられた。


 現れたのは、帝国第二皇子という肩書きにふさわしい男だった。


 体格は大きく、均整が取れた筋肉は騎士たちよりも素晴らしい。その鋭い眼差しと堂々とした振る舞いによって、他の貴族たちを存在感で圧倒していた。


 私はただただ彼を注視した。


「なんと羨ましい…」


 私は彼の姿を見て、思わず小声でつぶやいた。見た目も、立ち振る舞いも、まさしく私が理想とする強者のものだった。


 だが、その思いは数分後、完全に裏切られることになる。


「なんということを!」


 ブライド殿下は会場の中央に立つと、すぐに辺りを見回し、ある方向に向かって歩き出した。そこにいたのは、会場の片隅で立っていた平民出身の給仕たちだ。


「おい、飲み物を持ってこい」


 その命令口調に、周囲の空気が凍りついた。王族として給仕に指示を出すこと自体は珍しくないが、その声には敬意の欠片もなく、貴族や王族が学ぶ品格など感じられない。むしろ小馬鹿にしたような響きがあった。


 さらに、彼が無造作に手を伸ばして取ったグラスを傾けたとき、ワインが数滴床にこぼれた。それを見た彼は、呆れたように肩をすくめ、平然と言った。


「掃除しろ。これが貴様たちの仕事だろう?」


 彼の振る舞いに、周囲の貴族たちは困惑した表情を浮かべた。一部の人々は小声で何かをささやき、視線をそらした。


 私もその場面を目撃し、胸の奥に嫌悪感が湧き上がった。


 王族とは、上に立つ者として品格を持ち、模範を示す存在であるべきだ。だが彼の態度は、それとは正反対だった。


 野蛮な獣ではないか?! その風格と持って生まれた才能に驕り過ぎている。


 その後、ブライドは平民出身の貴族の若者が近づいて挨拶をした際も、冷笑を浮かべながら言った。


「君のような者がこの場にいること自体が信じられないが…まあ、せいぜい場違いな恥を晒さないようにな」


 その発言に相手の若者は顔を真っ赤にし、言葉を失った。


 私はその様子を見て、静かに拳を握りしめた。彼のような者が「帝国の皇子」として称賛されることが、心底許せなかった。


 持つべきものを全て持ちながら、その才能や地位を他者を貶めるために使う姿勢が、私が求める理想からはかけ離れている。


「ブライド・スレイヤー・ハーケンス…」


 その名を口にするだけで、怒りが湧き上がる。それ以来、私はブライドに対して言いしれぬ、嫌悪と怒りを感じるようになった。


 何よりも、敬意を抱くことを完全にやめた。ブライドは確かに強者だ。だが、人として尊敬できる人物では決してない。


 その社交会の帰り道、私は父王に言われた言葉を今でも覚えている。


「アイス、お前は帝国のブライド殿下のように振る舞ってはならぬ。お前が目指すべきは、賢き王」

「賢き王ですか?」

「そうだ。我ら王族もまた人なのだ。他者の助けがあって王でいられる。王族として傲慢になってはならない」

「分かっています、父上」


 その日から、私はブライドに勝つために訓練をするようになっていた。


 個の力では、勝てないかも知れない。ならば、ブライドに勝てる力を結集すればいい。私はブライドに負けるわけにはいかない。


 能力で劣るのならば、それ以外の全てで、ブライドを超えなければならない。


 そんな時に出会ったのが、フライ・エルトールだった。


 ギスギスしている帝国の雰囲気とは違う。呆然として、どこか間の抜けた男が、公爵家の次男であり自分は平凡であると自己紹介をしてきた。


 魔法に長けた私ならわかる。彼は魔法が得意な人種であり、また私と同じく賢きものだ。


「アイス様、フライ・エルトールについて調べました」

「教えてくれ」

「領地でも遊んでばかりで、領民からは好かれていますが、どうやら幼い頃に魔力量は多いが、無属性として属性魔法の才能がなく。兄のエリック・エルトール様に才能を持っていかれた弟だと言われているようです」


 同じ、魔法に生きる賢き者は無属性という才に恵まれなかった。


 そんな情報を聞いて、私は少しばかり親近感を抱いた。


「そうか、彼も苦労しているのだな」


 公爵家の次男としては、将来も家に縛られる。


 高い地位にいるからこそ抱える苦悩を全て背負ったようなフライ・エルトールという人物に好感が持てた。


「いつかボートゲームで対戦してみたいものだ」


 授業でフラッグ奪取は、フライに負けてしまった。だけど、次は負けない。ブライドとは違う意味で、フライにも負けたくないな。

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