第7話 ゴブリンがゴミのようですわ
ガラガラと音を立てながらゆっくりと街道を走る馬車の荷台の上で、俺とモニカはごろりと横になりながら青い空を見上げていた。
『俺、王都以外の街に行ったことがないんだよな。これからどうすっかなぁ』
『指名手配とは困りましたわね。サブローは本当に心当たりがありませんの?』
『当然だ。俺はララライ王国いちの優良冒険者だぞ。なにせクエスト報酬を孤児院に寄付しまくって王城から感謝状を貰ったくらいだ』
『先ほどサブローは孤児院に入ったことがないと言っていたというのに、どうして孤児院に寄付などしているのですか?』
いい質問だなモニカ。
俺の深慮遠謀を知って恐れおののくがいいだろう……!
『お前、孤児の進路がなにか知っているか?』
『冒険者になるか、あるいはどこかの下働きでもしているとわたくしは思っておりますが、違いますの?』
『真っ当なやつはそうだが、失敗する者も沢山いる。身内が居なけりゃ誰も助けてはくれんからな。男は盗賊、女は……』
『娼婦、ですか』
『正解。俺はな、いつも孤児院に通ってガキンチョどもの相手をして好感度を稼いでるわけ。そうすることで将来的に色々とサービスして貰えるかもしれねぇからな』
元々は推しの嬢に頼まれて始めたことだったんだけどな。
それからしばらくして孤児院の顔見知りが何人も「ケモケモぱらだいす」に入店してきたので、俺は本格的に子供達の好感度稼ぎに力を入れるようになったのである。
『あなた、クズですわね』
『孤児院に愛人を買いにくる貴族連中に比べたら、俺のやってることは至極真っ当だと思うがな。過程はどうあれ、結果が全てだ』
『……わたくし、少しサブローのことを見直しましたわ』
見直されても困るんだが。
俺はただのクズでいいんだよ。
『それはいいとして、これからどうする。面倒だし国外まで行っちまうか?』
『そこでわたくしに一つ提案がありますの。わたくしの親友が領主をしている領地に向かうというのはどうでしょうか』
『親友ねぇ……。確かに領主とコネがあるならそれも一つの手だな。どこの貴族だ』
『トルサード男爵家のノルノーラという娘ですわ。彼女は西に小領を持っておりますの。わたくしは行ったことがありませんが、イライユの近くと聞いておりますわ』
イライユは西のリヴァーレ公爵家の領都だな。
海に接した港湾都市で、他国との窓口になっていたはずだ。
そうだ、今から向かえばトトトル王国に遠征に出ているバルトさんが船で帰ってきた時に会えるかもしれない。
そうすればクランの復帰や指名手配の解除への働きかけとか、色々とやりようがあるだろう。
『決まりだな。ならまずはこの荷馬車がどこに向かっているか聞き出すとするか』
俺は御者台の上で馬の手綱を握りながら鼻歌を歌っているおっさんの隣に座ると、隠蔽魔法を解除した。
「ふんふんふーん、ふーん」
「よう、おっさん。気分良さそうだな」
「うわぁ!!!」
めちゃくちゃビビってる。
まるで化け物でも見たような顔だな。
「な、な、なんですかいきなり、どこから現れたんですか!?」
「どこからってここからだよ。王都から乗ってたのに気付かなかったのか?」
俺は親指を立てると背後の荷台に向けて前後に腕を振った。
おっさんは荷台から手を振るモニカを見て目を丸くした。
「あれま、気付かなかった。もしかしてワケありってやつですか?」
「そそ、ワケありなの。言っておくけど引き返したらコレだからね」
俺は自分の首を掻っ切る仕草をした。
「そ、それは困ります。見なかったことにしましょう」
「聞き分けの良いおっさんで助かるよ。で、この馬車はどこに向かってるんだ?」
「王都の北にあるオネゲル村ですが……」
「北かぁ、困ったな……」
王都の西には魔獣の森が広がっており、魔獣の森の北には王竜ペララライスの住む霊峰ぺストーチカが蓋をするようにそびえ立っている。
王都からイライユへ向かうには南から回るのが一番手っ取り早いので、そこからだとかなりの遠回りになるだろう。
「お二人はその、冒険者なのですか?」
「わたくしは違いますが、主人のサブローは冒険者ですわ。彼はこう見えても凄腕の冒険者なのですのよ」
モニカの言葉を聞いたおっさんはやけに嬉しそうな顔をした。
「それはありがたい! 実は一つお願いがあるのですが……」
おっさんの話を聞いた俺とモニカは顔を見合わせた。
これは面倒臭いことになりそうだ。
翌日、オネゲル村の村長宅に泊めて貰った俺とモニカは村の近くにある森に向かうことになった。
なんでも最近、そこに流れてきたゴブリンが集落を作ってしまったらしい。
そいつらは時折オネゲル村までやってきて、牧場から家畜を盗んでいくようになったという。
いい加減迷惑になってきたのでそろそろ冒険者に依頼をしようと思っていたところに、のこのことやってきたワケありの旅人二人組。
冒険者ギルドを通すと結構な手数料を取られるから、できるだけ支出を抑えたい村としても渡りに船だったのだろう。
俺達は見た目からして盗賊にジョブチェンジする心配もなさそうだったしな。
なにせ見目麗しい永年奴隷連れなのである。
俺達がブルブルカウの牧場を歩きながら目的地まで向かっていると、モニカがなにやら言い出した。
「サブローはモンスターと仲良くするのがお好きですのよね。本当にゴブリンなんて倒せますの?」
「倒せるよ。だってあいつらゴミだもん」
「ゴブリンだって毎日必死に生きておりますの。ゴミ呼ばわりは良くありませんことよ」
「お前もあいつらと話したら分かるさ。一回ゴブリンに化けてみなよ」
そういうことになった。
ゴブリン集落の近くまで辿り着いた俺達は、隠蔽魔法を使って木陰からゴブリンどもの様子を観察していた。
木の枝で作った掘っ立て小屋の前にいるゴブリンどもは、ボロの毛皮で貧相な下半身を隠してお手製のこん棒を片手にダンスを踊っている。
『ゴブリンダンスはわたくしも初めて見ましたが、なかなかに文明的な踊りのようですわね』
『踊りに文明もクソもあるか?』
『ありますわ! わたくし、ダンスには一家言ありますの!』
ゴブリンダンスに文明を見い出す人間に言われたくはない。
俺としてはモニカの持つその見識は明らかに間違いであると主張したい。
『まあいい、さっさと変装して行ってこい。その後は手筈通りに』
『分かっておりますわ。変装!』
ボンと白い煙を上げてゴブリンに変装したモニカはガサガサと草むらをかき分けてゴブリンどもに合流していった。
彼女は迷子のゴブリンの振りをしているようだ。
俺は木陰からその様子を適当にアテレコする。
「ゴブゴブ、皆様ごきげんよう」
「おう、(ピー)じゃねえか。(ピー)は(ピー)ゴブ?」
「(ピー)の(ピー)だな。(ピー)」
「ゴブ!? な、なんとお下劣な……」
「おいおい、変な(ピー)だな。(ピー)は(ピー)だろ? (ピー)」
「(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)」
「な、な、な……」
モニカゴブリンは余りの衝撃に開いた口が塞がらないようだった。
すぐにモニカゴブリンからボンと白い煙が広がった。
どうやらもう限界だったらしい。
俺は見たことがある強いモンスターに変装して適当に暴れろとだけ伝えた。
はてさてどうなることやら……。
白い煙の中から現れたのは果たして、巨大な黄金のドラゴンだった。
「マジでイケるのか、王竜パララライス……」
変装スキルチート過ぎるだろ。
もうこれで王城まで行って第二王子どもをぶっ殺しちゃえよ。
まあ、あの甘ちゃんなモニカにはそんなことできっこないか。
つい最近までいいとこのお嬢様だったわけだしな。
「ギャオオオオオオオン!!!」
モニカドラゴンが怒りを露わにすると足元のゴブリンどもが地面に腰を抜かした。
じろりとゴブリンどもを睨み付けたモニカドラゴンは、プチっとゴブリンどもを踏み潰した。
咆哮に気付いて慌てて掘っ立て小屋から飛び出したちょっと大きいゴブリンリーダーがモニカドラゴンを見て腰を抜かした。
『おほほほほ! まるでゴブリンがゴミのようですわ!』
蜘蛛の子を散らすように逃げていくゴブリンどもをズシンズシンと地響きを鳴らしながらモニカドラゴンが追いかける。
モニカドラゴンから逆の方向に逃げたゴブリンは、集落の外まで逃げ切ったことを確信したのか喜びの表情を浮かべた。
しかしそのゴブリンはいきなり見えない壁にぶつかって尻餅をついてしまった。
ぶつけた頭を押さえたゴブリンはペタペタと見えない壁を触っていたが、その上からゆっくりと暗い影が落ちてくる。
振り返ったゴブリンは絶望し、そして地面の染みとなった。
そう、俺はこのゴブリン集落の周囲に結界を張っていたのである。
ゴブリンを一匹見たら三十匹はいると思え。
ゴミは一匹残らず掃除しなければならないのだ……。
怪獣映画みたいな方法でゴミ掃除を終わらせた俺達は、オネゲル村まで戻って村長に報告した。
「ゴブリンの集落潰してきたわ。耳は残らなかったから確認よろしくな」
「先ほどは森が騒がしかったようですが、一体なにをしたんですか?」
「見りゃわかるよ。腹減ったから先に飯くれ」
「ええ、それは構いませんが……」
ちゃっちゃと済ませてきたので今はお昼だ。
俺達は村長宅で婆さんからホワイトシチューとパンを貰って昼食を取った。
「サブロー、本当にもう一泊するつもりですの?」
「ああ、一日くらいなら大丈夫だろう。北は寒いから今のうちに楽しんでおきたい」
俺は婆さんの前で北へ向かうことをほのめかした。
逃亡中にわざわざ本名を名乗ったのもこの為である。
『南回りで行くには金がない。だからちょいと時間は掛かるが、金策も兼ねて魔獣の森を突っ切るぞ』
『クランの団長さんとは会わなくてもよろしいのでしょうか?』
『まあ、すれ違う可能性の方が高いから後回しでいいだろう。金の方が大事だ』
『そうですわね。美味しいご飯を食べる為にはお金が必要なのは当然ですもの』
『お前は飯のことばかりだな。お嬢様のくせに、服とか宝石には興味がないのか?』
『そ、そんなことありませんことよ! わたくし宝石がだーいすきですわ!』
『怪しいなぁ……』
昼食を終えた俺達が雑談をしながら適当に村を散策していると、慌てた様子で狩人と村長がやってきた。
「サ、サブローさん! あれは一体なんなのですか!?」
「見りゃわかるって言ったじゃん」
「見ましたよ! 見ましたけど!」
「言っておくが、これ以上探る気ならこの村がどうなっても知らんぞ?」
「そ、それは困ります。見なかったことにしましょう」
「それ昨日も聞いた……」
あのおっさんはこの村長の息子だった。
「で、報酬はいくら貰える?」
「ええっとですね……現物支給ではいけませんかね?」
村長は禿げ頭をさすりながら値引き交渉を始めた。
いくらなんでもケチすぎんだろこいつ。
まあ、そうでもなきゃギルドを通さずに依頼なんてしないか。
「原価ならいいぞ。俺はマジックバッグを持っているからな」
「原価はちょっと……」
「あーなんか無性に暴れたくなってきたー」
「明日までに必ず用意させて頂きます!」
村長は狩人を連れて走り去っていった。
「サブロー、あなた鬼ですわね」
「お前の飯だぞ。ひもじい思いをしたくなければ貰えるだけ貰っておけ」
「わたくしも今日から鬼になりますわ!」
翌朝、依頼の報酬に大量のチーズとバター、それと小麦を貰った俺達はオネゲル村から北へ旅立っていった。
S級テイマークランを追放された俺の相棒は詐欺師令嬢!?〜ネコミミ奴隷を買ったら悪役令嬢だった件〜 我島甲太郎 @gashima3081
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