閑話 王国宰相の苦悩
私はララライ王国の宰相を務めているサウスパパス・ファランドールだ。
この国の運営を行う実務のトップとして、日々政務に励んでいる。
その日も私は王城の執務室で書類仕事を片付ける傍ら、頭を悩ませていた。
愛しいサウスモニカ……あの娘が詐欺師などというジョブに就いていたことは私にとっても青天の霹靂であった。
十歳の誕生日に鑑定石がノーブルのジョブを見せたのも、そのジョブの固有スキルが悪さをしていたのが原因だったのだろう。
一言相談してくれるだけでいくらでもやりようはあったというのに、ひた隠しにしていたが為にこの国の王妃としての道が閉ざされてしまったのは痛恨の極みだ。
だが……それは父親である私だけの問題でしかなかった。
一番の問題は私の下の娘、サウスリリーがサウスモニカに代わって第二王子と婚約したことだ。
サウスリリーには自派閥の貴族から婿を迎えてファランドール公爵家そのものを継いで貰う予定だった。
しかし今回の事件がきっかけでサウスモニカが貴族籍を剥奪され、サウスリリーが繰り上がるようにして第二王子の婚約者として収まってしまった。
これは政略結婚を目的とした王家との契約が仇となった形になる。
その為に内々に進めていた縁談が破談となり、将来的にサウスリリーと第二王子の子供にファランドール公爵家を継がせなければならなくなった。
第二王子の母親は敵対派閥である北のシェーヌダンクル公爵家の出身だ。
これは将来的なファランドール公爵家の乗っ取りを目的とした謀略そのものである。
婚約を破談させることで我が派閥に楔を打ち込み、将来的に派閥そのものも手に入れる……まさしく一石二鳥というわけだ。
腹立たしいにもほどがある。
そしてそれはサウスモニカの処遇についても言えることだ。
私はあの事件が起きてサウスモニカが虜囚となったことを知ってからすぐにこの国に対する反乱を企てていた。
この国での貴族の僭称は死罪だ。
鑑定石によって身分を確実に確かめる方法がある以上、冤罪などありえないからだ。
だから私はサウスモニカの極刑が決まった時点でそれを口実に兵を挙げ、一日で王都を占拠し、二日でシェーヌダンクルを滅ぼし、三日で王家そのものを滅ぼすつもりだった。
私は愛するサウスモニカに濡れ衣を着せた者を許すつもりはなかった。
そしてサウスモニカが愛した第一王子を殺した者も……。
王家のゴミどもが邪魔をしたせいで、私は五年前の暗殺事件の真相に辿り着くことができなかった。
宰相の地位を手に入れた私でさえ、この国の暗部には手が出せなかったのだ。
いずれは彼らにも目にものを見せてやらなければならない。
話が逸れたが、私の反乱計画はサウスモニカが奴隷刑に処されたことで闇に葬られることとなった。
どうやら連中もこの私と直接、事を構える度胸はなかったらしい。
さて、ここで私が矛を収めた理由である奴隷刑について説明せねばならない。
奴隷刑とは貴族社会で罪を犯して貴族籍を剥奪された者が受ける刑罰だ。
奴隷刑に堕ちた貴族は、貴族と一切関わりのない平民と永年契約することになる。
これは法で定められており、最初の契約者の記録が残されるようになっている。
その平民は適当な理由を付けられて奴隷刑に堕ちた貴族の出身領まで招致される。
そして頃合いを見計らって、痴情のもつれを装って奴隷の主人は処分されるのだ。
権利が宙に浮いた奴隷は、息が掛かった奴隷商館で懇意の貴族と永年契約をすることになる。
体裁的には妾のような扱いになるが、その奴隷の子供は貴族として遇される。
これが永年契約を利用した奴隷ロンダリングだ。
まさか私がこの制度を利用することになるとは夢にも思わなかった。
だがこの制度のおかげで家を保つことが可能となる以上、悪くは言えない。
奴隷ロンダリングを利用してサウスリリーの元婚約者と永年契約させれば、今回の事件で受けたダメージも最小限に抑えられるだろう。
そう結論付けた私は報復を取り止め、その為の準備を進めていた。
昨晩、サウスモニカが永年契約を行ったという報告を受けた私はすぐに娘と契約した者の情報を手に入れた。
冒険者ギルドから取り寄せた書類にはこのような内容が記されていた。
D級冒険者サブロー、年齢十八歳、ジョブは魔法使い。
S級冒険者クラン「獣魔の友」に所属している。
元は王都のスラム出身の孤児だったが、十三歳の時にS級冒険者「黒狼」のバルドにその才を見出されて冒険者となる。
最初はテイマーとして順調に活動をしていたが、一年後に魔法使いに転職。
以降は採取専門の冒険者として日々のクエストを熟して生活している。
人物像としては子供好きで、収入の多くを王都の孤児院に寄付しているようだ。
趣味が娼館巡りというのが玉に瑕だが、成人男性としては健全ではある。
これで清廉潔白な人間であったなら、確実に小児趣味を疑われることだろう。
特筆すべき点は彼の採取クエストの成功率にあった。
千件を越えて100%を維持しているのは、この国の記録でも類を見ないものだ。
あの「黒狼」が目を掛けるだけのことはある。
それにしても、チョピーリもいい男を見つけたものだ。
これだけ優秀な人物ならば処分する必要もあるまい。
彼とは一度話を通して、ゆくゆくは婿養子として迎え入れることにしよう。
私は王都の屋敷に彼と娘を招待するよう部下に指示を出したのだが……。
「逃げられた?」
「はい。今日の昼頃に衛兵が声を掛けたところ、けむり玉を使って一目散に逃げだしたとの報告がありました。人員を追加して王都中で捜索を行いましたが、以降は一切の目撃情報が残されておらず……申し訳ございません」
「彼の所属するクランにはあたったか?」
「それが……彼はサウスモニカ様と永年契約を行う直前に、所属するクランより除名処分を受けていたようなのです」
「なんということだ……」
この報告には私も頭を抱えざるを得なかった。
彼が衛兵を見てすぐに逃げ出したということは、恐らく永年契約の真実を知ってしまったのだろう。
娘が彼について行ったのがその証拠だ。
たった一日で娘とこれほどの愛を深めるとは、サブローという男はよほどの魅力があるようだ。
これ以上深追いしてしまえば、きっと二人は国の外まで逃げてしまうだろう。
残念だが、家に連れ戻すことは諦めた方が良さそうだ。
「仕方がない、捜索は打ち切りだ。以降、彼については一切の関与を行わないように通達してくれ」
「本当によろしいのですか?」
「私はモニカの幸せだけを願っている。だからこれでいいんだ」
「はっ、了解しました!」
部下が執務室から退室すると、私は深く椅子に腰掛けて天井を見上げた。
「サウスモニカ……私の愛しい娘よ……」
神の授けしジョブによってすべてを失った我が娘よ。
愛する男と結ばれて、幸せになっておくれ。
私はただそれだけを願っていた。
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