第6話 王都から追放
俺は目が覚めた時、ガリガリにやせ細った状態で王都の路地裏でゴミの山に埋もれていた。
「な、んだ……これは……」
胃袋の中が張り付くような空腹で動けないまま第二の生を終えようとしていたその時、俺の脳内にある声が響いた。
『おいオマエ、まだ生きてたのか』
「誰……だ……?」
『オレだよオレ、忘れたのか』
なんと答えたらいいのやら。
俺が困っていると目の前に一匹のネズミが姿を現した。
そいつは一粒の小さなぶどうを手に持っていた。
『さっさと食え。まだオマエに死なれちゃ困るんだよ』
「あ……う……」
口に押し込まれたそのぶどうは、今まで食べたどんな果物よりも美味しかった。
それから俺が自力で動けるようになるまで丸々三日間の時が必要だった。
その間、ネズミは何度も何度も食料を運び俺に食べさせてくれた。
俺はどうしてこのようなことをするのか聞いたが、彼は俺の質問にこう答えた。
『オマエにはガキの頃にメシを恵んで貰ったことがあるんだよ。オマエにとってオレはただの野良モンスターの一匹に過ぎないから覚えてないのも仕方ねえが、オレは受けた恩は絶対に返すって決めてんだ。だから今度はオレが助けた、それだけさ』
どうやら死に掛けて前世の記憶を取り戻す前の俺のおかげだったらしい。
情けは人の為ならずとはよく言ったもんだ。
こうして動けるようになった俺はネズミに案内されるがままに辿り着いた飲食店のゴミ箱を漁り、食い扶持を得るようになった。
普通なら誰か人の助けを得るべきだろう。
しかし前世の記憶を取り戻した俺は、この世界の人間の言葉をまるで理解できなかったのだ。
「■■■■■■、■■■■■■■!」
『うげー、ネズミ嫌いの鬼ババアだ! 逃げるぞサブロー!』
その日も俺は盗んだパンを抱えながら、こん棒を持って追い掛けてくるおばさんから逃げ回っていた。
俺は今世の記憶を失った代わりに、モンスターの言葉をすべて理解できるようになったようだった。
こうして俺は王都に隠れ住む小さなモンスター達に助けられながら、少しずつこの世界の常識を学んでいった。
それから三年が過ぎた頃、俺は偶然出会ったS級冒険者のバルドさんに拾われて冒険者になった。
バルドさんはとても面倒見が良いワーウルフのおじさんで、俺に文字の読み書きも教えてくれた。
俺が自分の特別なジョブを知ったのもその頃のことだ。
「ステータス!」
空中に投影された半透明なステータスプレートにはこのようなことが書かれていた。
サブロー 13歳 (■■■■■■・■■■■ ■■歳)
ジョブ テイマーLv1 (ジョブ 勇者Lv1)
固有スキル 従魔契約 従魔強化 (固有スキル スキル強化)
どうやら俺は転生者特典で二つのジョブを持っているようだった。
名前が文字化けしているのは恐らくこの世界に日本語がないからだろう。
俺はバルドさんからジョブのことを色々と聞いていたので知っていたのだが、勇者のジョブはこの世界でも屈指の不遇ジョブだった。
勇者は固有スキルがスキル強化なのだが、肝心の強化するスキルを一つも覚えていないのだ。
だから勇者は二つのジョブに就ける転生者専用のジョブってことだな。
俺が契約していない野良モンスターと会話できたのも、どうやらこのスキル強化が理由だったらしい。
「建国王セントジョージ・ララライはあらゆるモンスターと会話することができたという逸話があることを、わたくし知っておりますわ!」
「多分その王様も転生者だったんだろうな」
「あなたなら王竜ペララライスとも契約できるかも知れませんのに、どうして魔法使いなんてやっておりますの?」
「それが困ったもんでなぁ。ほわんほわんほわん……」
文字を覚えてステータスを確認した俺は冒険者ギルドに登録した。
もちろんバルドさんが団長をしているS級冒険者クラン「獣魔の友」に所属してスタートダッシュもバッチリである。
俺は早速とばかりに命の恩人であるラッキーラットのハムスケをテイムした。
『オレは超弱いからなんか強そーなやつを仲間にしようぜ!』
「いいね、目指すはモンスターマスターだ!」
バルドさんに憧れていた俺は草原に行ってグラスウルフのコロをテイムすると、新人冒険者として活動を始めた。
だが……。
『嫌だ、殺さないでくれぇ~』
『痛いよ、助けてママ……』
『私には産まれたばかりの十匹の子供がいるの……だからお願い、見逃して……』
勇者のジョブの固有スキルであるスキル強化は強力で、俺はあらゆるモンスターと会話することができた。
つまり冒険者になった俺は、会話の通じる相手を殺して素材を剥ぎ取らなければならなかったのだ。
精神的外傷を負ってPTSDになった俺は一年も持たずにテイマーを辞めた。
勇者のサブジョブは呪われたジョブで、教会の転職石板でも外すことができなかったのだ。
魔法使いに転職した俺は採取クエスト以外を受けなくなり、受けた心の傷を癒す為に娼館に通うようになった。
前世から続く生粋のケモナーだった俺にとって「ケモケモぱらだいす」はまるで天国のようだった。
こうして昼行灯のD級冒険者、サブローは誕生したのである。
「俺の回想はこれで終わりだ」
「わたくしが言うのもなんですけれど、結構悲惨な人生を送っておりましたのね。同情いたしますわ」
「悲惨て。まあいい、それで俺はテイマーを辞めてモンスターと会話することができなくなった。でもその時気付いたんだよ。モンスターとの絆を育むのに言葉はいらないってな。だから俺は今もこうして出会ったモンスターと仲良くするようにしてるってわけだ」
情けは人の為ならず。
俺がハムスケから学んだことだ。
だから決して不純な気持ちで餌付けをしているわけではないのである。
「ああそうそう、育ちすぎたやつは捨てないでこっちのカゴに入れてくれ。後で使うから」
俺達はおしゃべりをしながらマナマッシュルームの収穫作業を行っていた。
カサの開いたマナマッシュルームを摘んだモニカは俺に質問する。
「これは肥料にでもしますの?」
「その辺はまた今度な」
「気になりますわね……」
「さっさと終わらせて昼飯食ったら王都に帰るぞ。また新しい宿を探さにゃならんからな」
俺は早くこいつを宿に預けてケモぱらに行きたかったのである。
待ってろよワッフルちゃん、今日会いに行くからな。
こうして採取クエストを終えた俺達が冒険者ギルドを出て大通りを歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。
「ちょっとそこの君、止まりなさい!」
「ん?」
俺達が振り返ると、そこには二人の衛兵が立っていた。
よく見ると彼らは手配書のような紙を手に持っているようだった。
「永年奴隷を連れた黒髪の男……お前が冒険者サブローか?」
「ああ、そうだが……なんの用だ?」
「悪いが、詰め所までご同行願おうか」
不味い、正直に答えるべきではなかったか。
この展開になってロクなことが起こった試しがない。
俺は直感的に危機を悟り、目だけをぐりぐり動かして逃走経路を確認した。
『モニカ、合図をしたら逃げるぞ!』
『分かりましたわ!』
俺は懐からけむり玉を取り出すと勢いよく地面に叩きつけた。
ボンと音を立てて白い煙が広がる。
そして俺達は煙に紛れて脱兎のごとく逃げ出した。
「逃げたぞ! 追え!」
「応援だ、応援を呼べ!」
どうやら相手は本気のようだ。
「なんなんだよいきなり!? 俺はなにも悪いことなんかしてないぞ!」
「きっとお父様が手を回したのですわ!」
「パパは娘を傷物にした男を許すつもりがなかったらしいな!」
どうやら俺達の動向は監視されていたようだな。
だからこいつと一緒に寝るのは嫌だったんだよ。
そうしている間にも、どんどん敵の応援は集まってくる。
強化魔法を使っているとはいえ、このままじゃまずいな。
「追手がどんどん増えていきますわ! どうしますの!?」
『もうちょっと先に行ったらもう一度けむり玉を使う! そうしたら目の前の馬車の荷台に飛び込むんだ!』
俺はけむり玉を使うと馬車の荷台に飛び込んで幻影魔法を発動した。
すると魔法で作られた偽物の俺が明後日の方向に逃げていく。
「あっちだ、追え!」
俺達が息を潜めて隠れていると、衛兵達の足音が遠くへ離れていった。
『……どうやら撒いたようだ』
『これからどうしますの?』
『この荷馬車は近隣の村から出荷の為にきているようだ。このまま帰りに便乗して王都から脱出しよう』
しばらくすると俺達が乗る荷馬車が動き出した。
ガラガラと音を立てて大通りを進んでいく。
『このまま隠れていて、検問は大丈夫なのでしょうか?』
『もう隠蔽魔法を使っているから顔を出してもバレることはないぞ』
『そうなんですの? 魔法って便利ですわね』
『使いようによってはな。これは誰かに見られている状態じゃ使えないんだ』
俺達の乗る荷馬車はすぐに外壁の検問を突破して王都の外へと繰り出した。
こうして俺達は馬車を運転するおっさんの鼻歌を聞きながら、王都ラフティから離れていくのだった。
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