第5話 魔獣の森
この世界のモンスターには縄張りを作る習性がある。
縄張りの広さはモンスターの強さや性質によって異なるので大小様々だが、大抵は人の生活圏から遠く離れた場所で暮らしている。
とはいえ、群れを追われたはぐれモンスターが放浪の末に農場なんかにやってきて縄張りを作ることが結構あるので、そういうのを討伐するのが新人冒険者の主な仕事となるだろう。
俺達が今歩いているこの魔獣の森は、すべてこのララライ王国を守護する王竜ペララライスの縄張りだ。
このお米みたいな名前のモンスターは、かつてこのララライ王国を建国したテイマー、セントジョージ・ララライのテイムモンスターだったドラゴンなのである。
彼は今は亡き主人の遺言に従ってこの魔獣の森に縄張りを作り、森の中に住んでいるモンスターが森の外に出て好き勝手暴れないように見張っている。
ちなみにだがララライ王国の法ではこの王竜ペララライスのテイムに成功した者はこの国の新しい王様になれるそうだ。
普段は人のいない高い山の上で暮らしているからあんまり気にする必要はないんだが、ドラゴンはガチで強いからその気になれば簡単に国なんか滅ぼせちゃうからな。
ドラゴンテイマーになれさえしたら、世界征服さえできちまうのだ。
そういう理由もあって王竜ペララライスが年に一度王城を訪れる日には王竜祭という盛大なお祭りが開かれて、国中のテイマーがこぞって集まり彼のテイムを試みるのだが、未だに成功した者は一人もいない。
ま、そんなうまい話がそうそう転がっていることなんてないわけだな。
「はぁ、はぁ、サブロー、待ってくださいまし……!」
「おいおい、まだ森に入って五分も歩いていないのにもうバテたのかよ」
「わたくし、運動は苦手ですの……!」
「それはもう聞いた。しゃーないな、強化魔法掛けてやるよ」
俺はモニカにも強化魔法を掛けてやった。
実は俺は自分にだけこっそり強化魔法を使っていたのだ。
だって足場の悪い森歩きとか普通に疲れるし。
楽ができるならそれに越したことはないだろう。
「なんてこと、身体がまるで羽のように軽いですわ!」
モニカはあちこちをぴょんぴょん飛び跳ねると、高い木の枝にぶら下がって懸垂を始めた。
「うほほほほ! わたくし最強ですわー!」
こいつ、借り物の力に溺れて知能が退化してやがる。
「あんまり暴れると怪我するぞ。あとパンツ見えてる」
ちなみに白だった。
モニカはすぐに地面に降りると顔を赤くしてしゃがみ込んだ。
「見ないでくださいまし……」
「いや、今更恥じらいを見せられてももう遅いんだが」
「あなたにはデリカシーというものがありませんの!?」
「ねーよそんなもん!」
俺達が騒いでいると、がさりと草むらが揺れて一匹のモンスターが姿を現した。
ぷるぷると震える銀色で弱そうなゼリー状のモンスター、メタールスライムだ。
「メタールスライムですわ! 強くなったわたくしの糧にしてやりましょう!」
「おい待て、手を出すなよ」
「どうしてですの? メタールスライムを倒したら経験値が爆裂に入るのは常識でしょう?」
「俺は平和主義者なんだよ」
俺がマジックバッグから鉄の缶を取り出すと、モンスターフードを適当に掴んで投げ与える。
メタールスライムはピャっと触手を伸ばしてそれをキャッチすると、喜んでモンスターフードを食べ始めた。
「こうして見ているとなんだかかわいく思えてきましたわね。わたくしがテイマーでしたらテイムできたというのに、残念ですわ」
「今からでも教会に行ってテイマーに転職したらどうだ」
「嫌ですわ、わたくしは詐欺師のジョブを極めると神様に誓いましたの」
「ちなみにそれはいつ誓ったんだ?」
「昨日ですわ」
「そっか、昨日か……」
どうやら永年奴隷差別がかなり応えていたようだった。
俺だってそうだよ。
だってスラムにいた頃より塩対応されるって相当だぞ。
俺はいずれ金を作ってマイホームを購入することを心に決めた。
永年奴隷バレして宿や賃貸を追い出されたくなかったのである……。
それから、俺はいつものように道すがら出会ったモンスター達に餌を与えていった。
慣れてきたのか、途中からモニカが餌をやるようになった。
今も彼女はモンスターフードに夢中なビッグキラースパイダーを撫でている。
言っとくがそいつ、新人冒険者殺しだからな。
俺がいない時に近づくんじゃないぞ。
「それにしても、野生のモンスターというのはこんなにも懐くものなのですわね。わたくしは不思議で仕方がありませんわ」
「モンスターってのは殺気に敏感な生き物だからな、殺しに掛かってくる相手とそうじゃない相手の違いくらい本能的に分かるんだよ」
俺は採取クエストの最中に出会った野良モンスターに頻繁に餌付けをしていた。
人馴れしたモンスターは、初心者のテイマーでもテイムできる可能性が比較的高くなるからだ。
この国は王竜祭の影響もあって、他国に比べてもテイマー率が格段に高い。
普通の冒険者に見つかって狩られるのは仕方がないが、俺はこういった地道な活動でこの国に貢献しているつもりだ。
不自然なくらいにゲーム的なこの世界はガチで神様が居そうな雰囲気をしている。
だから俺はあるかもしれない隠しステータスのカルマ値を上げて、いい来世が迎えられるようにアピールしているのである。
心の中でそういった言い訳をしつつも、寄り道をしながら一時間ほど森を歩くと俺達は一つの大きな倒木の前までやってきた。
この場所は俺が時間を掛けて念入りに整備をした結果、いい感じにじめじめとしていてキノコの生育に適した環境になっている。
「ここが俺のいつも使っている採取スポットだ」
「確か依頼書にはマナマッシュルームの納品と書かれていましたわね。ここは主人に代わってわたくしが採取してご覧に見せましょう!」
自信満々にそう宣言したモニカは倒木のあちこちを探し回ったが、さしたる収穫もなく戻ってきた。
「本当にここが採取スポットですの? 全然見つかりませんわ……」
「昨日全部収穫したからな。見つかるわけないだろ」
「そういうのはもっと早く教えてくださいまし!」
「いやなにか特別な方法でもあるのかと思ってさ。やけに自信満々だったし」
「学園の実習で何度か採取したことがあったので行けると思ったのですわ……エルフが栽培したものですけれど」
エルフがよく就く植物魔法使いのスキルでハウス栽培したものだな。
ゲロ不味い初級ポーションの材料になっているやつ。
マナに満ちた環境で育った天然モノのマナマッシュルームじゃないと効果の高いポーションが作れないからこそ、俺は食いっぱぐれずに済んでいるってわけだ。
「さてと、いつもの仕事を始めるか」
俺はマジックバッグから二つのカゴを取り出して地面に置くと、倒木に向かって植物魔法を使った。
「グロウアップ!」
見る見るうちに倒木のあちこちから青白い光を放つキノコが生えてくる。
俺のスキルで菌糸を強制的に成長させたのだ。
「この速度、エルフの植物魔法にも引けを取りませんわ……サブロー、あなた本当に魔法使いですの?」
「魔法使いは全部のジョブの魔法が使えるのが取り柄だろ? これくらい鍛えりゃ余裕だよ」
魔法使いは典型的な器用貧乏のジョブだ。
全部のジョブの魔法が使える代わりに、どれだけ鍛えても特化したジョブにはまるで敵わない。
だから特定の魔法スキルを鍛えて特化職を生やしてから転職するってのがこの世界の常識みたいになっている。
まあ俺はチートスキルがあるからわざわざ転職したりなんかしないけどな。
「生活魔法、強化魔法、植物魔法……流石にわたくしもおかしいと気付きますわ。さてはあなた、なにかズルをしていますわね!」
「気付いたからってなにができるっていうんだ。俺はなにも教えたりしないからな」
「わたくしを甘く見ないでくださいまし、変装!」
モニカがボンと白い煙を立てて変身した。
煙の中から現れたのは……俺!?
「ステータス! ……なんですのこのステータスは!?」
恐らく、彼女には俺のステータスがこう見えていることだろう。
サブロー 18歳 (■■■■■■・■■■■ ■■歳)
ジョブ 魔法使いLv45 (ジョブ 勇者Lv60)
固有スキル 全属性魔法 (固有スキル スキル強化)
「ありえませんわ、二つのジョブなんて……!」
俺が就いている勇者のサブジョブは転職石板でも、鑑定石でも、神官の看破スキルでも見えないはずだった。
しかしモニカの変装スキルは俺のジョブですら完全に再現できるようだった。
詐欺師の固有スキル、余りにもチート過ぎないか?
「俺の声でお嬢様言葉使うのやめてくれない?」
「それは失礼しましたわ」
ボンと白い煙を上げて元に戻ったモニカが俺に詰め寄せる。
「どうしてこのようなことになっているか、ご説明いただけますこと?」
「えー、言わなきゃダメ?」
「わたくしはあなたの永年奴隷ですわ。秘密にしてもいいですが、その後どうなっても知りませんことよ」
ここぞとばかりに脅しに掛かってきたなこの女。
俺も奴隷の罪をひっ被せられて投獄されたりなどしたくはない。
仕方がない、いっちょ教えてやるか。
「分かったよ、全部教えるから絶対に他人に言うんじゃないぞ」
「もちろんですわ! わたくしは非常に口が堅いと学園でも評判でしたもの!」
「そこはかとなく不安だ……」
「お気になさらず。ほわんほわんほわん……」
回想入りまーす。
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