第4話 冒険者サブロー

 翌朝、俺は全身の痛みとともに目を覚ました。


「うぐぐぐぐ……」


 寝相の最悪なモニカが俺の身体を締め上げていたのだ。

 俺は強化魔法を自分に掛けると、モニカの拘束から抜け出した。


「最悪な目覚めだ……」

「んん……」


 俺はこれからこの女と毎日同衾しなきゃならんのか?

 生きて来年を迎えられるのか、俺は不安で仕方がなかった。



 身支度を終えた俺がケットシーに化けたモニカを連れて一階に降りると、酒場の掃除をしていたおばちゃんがこちらを見て目を丸くした。


「おはよう女将さん、朝飯はあるか?」

「永年奴隷を外に放置して、あんたよく生きていたねぇ」

「俺はテイマーのジローだ。その永年奴隷連れのサブローとやらとは一切何も関わりがないのだ……」

「そうかい、そういうことにしておくさね」


 俺達が席に着くと、すぐにおばちゃんは朝食を持ってきた。

 昨夜の売れ残りであろう材料が詰め込まれたごった煮と、少し乾燥したパンだ。


「見た目は悪いが、味そのものは悪くないな。うまいうまい」


 俺が一人で朝飯をかっ込んでいると、モニカが不満の声を上げた。


「にゃーん!?」


『どうしてわたくしの朝食はありませんの!?』

『だってお前ケットシーじゃん』


 モンスターはマナを食って生きているので食事をする必要がないのだ。

 まあテイムしたモンスターに嗜好品として好みのエサを与えることはよくあるんだけどな。

 テイムモンスターのなつき度を上げて絆を深めるのが、テイマーの王道的成長ルートなのである。


『わたくしは人間ですわ!』

『しょうがねぇなー、これでも食ってろよ』


 俺はマジックバッグを漁ると皿と鉄の缶を取り出した。

 モニカの前に皿を置いて缶から適当に中身を注いだ。


『なんですのこれは?』

『サブロー特製のモンスターフードだ。騙されたと思って食ってみろ。飛ぶぞ』

『そこはかとなく不安を感じますわね……』


 モニカはキャットフードみたいにコロコロとしたモンスターフードを一粒だけ前足で掴むと、目を瞑ってお口に放り込んだ。


 するとモニカは宇宙の真理を見た猫のような表情になって放心した。


『こ、これは……わたくしは夢でも見ているのでしょうか……』

『どうだ、美味いか?』

『美味いなんてものではありませんわ! これはまさしく神が与えし聖餐ですわ!』


 モニカは皿に顔を突っ込んでガツガツとモンスターフードを食べ始めた。

 まるでチュー◯を前にした猫みたいだな。

 我ながら恐ろしいものを作ってしまったものだ。


『あぁ……もうなくなってしまいましたわ……』

『おかわりもいいぞ!』

『残念ですが今日はこのくらいにしておきますわ。わたくし、ばあやから食事量には気を付けるよう厳しく躾けられていますの』

『チッ、無駄にいい教育を受けやがって』


 スラム出身の孤児としては、飯に不自由しないのは羨ましい限りだ。

 俺は皿にクリーンを掛けるとマジックバッグに仕舞った。



 朝食を終えた俺達が宿を後にしようとすると、おばちゃんから思いがけない贈り物を渡された。


「あんた、これはお釣りだよ。これで奴隷の機嫌でも取るんだね」


 それはじゃらりとした金貨だった。


「いいんですか、こんなに」

「後で片付けが必要になると思ったからこれだけ預かったのさ。綺麗に使ってくれたんだから、ちゃんと返すのは当然さね」


 安宿のくせにケモぱら一泊分も宿泊代取られた時はマジで足元見られているなって思ったわ。

 背に腹は代えられないから払ったけど、どうやらその大半は部屋のクリーニング代だったらしい。


「女将さん、ありがとうございます! これからも贔屓にさせて貰います!」

「あんた、次にうちに泊まろうとしたら出禁だからね。覚えておきなよ」

「はい、ごめんなさい。よそをあたります……」


 宿を出た俺達は王都の西にある冒険者ギルドまでやってきた。

 働かざる者食うべからず、どんな時であってもクエストに精を出すのは一流の冒険者として当然のことだ。


 人間に戻ったモニカを連れた俺がくそでかスイングドアを押し開けてギルドに入ると、中は沢山の冒険者で賑わっていた。


 俺はいつものように空いている上級冒険者用の受付に向かう。

 俺はS級冒険者クランの団員だ、そこらの底辺冒険者とは違うのだ。


「よう、サーラちゃん。元気してた?」

「サブローさんじゃないですか。『獣魔の友』から除名処分を受けるなんて、あなた一体なにをしたんですか?」


 朝一番にきたってのにもう手続きを終えたのか。

 随分と手の早いことだ。


「それが聞いてくれよ、カインのやつがさぁ」

「あーあー、またそういうパターンですか。もう聞き飽きましたよ」

「またってなんだよまたって。副団長だからってバルドさんに黙って好き放題しているやつの悪口言ってなにが悪いのさ」

「私はあなたみたいに暇じゃないんですよ。クエストはいつものでいいですね?」

「おう、いつものでよろしく」


 ワーウルフのサーラちゃんは引き出しから採取クエストの依頼書を取り出すと、こちらに向けてテーブルに置いた。


「……なんかいつもより安くない?」

「今のサブローさんはただのD級冒険者ですからね。当然です」

「畜生、カインのクソ野郎め……!」

「これは一体どういうことですの?」


 俺の後ろから顔を出したモニカが疑問を口にした。


「ああモニカはお嬢様だったから知らないのか。冒険者ってのはランクが低いほどギルドに報酬をピンハネされるんだよ」

「ピンハネとは酷い言いようですね。私達は国に代わって税を徴収しているまでのことですよ」

「で、ランクが高い冒険者クランに所属している団員は団長と同じだけの優遇措置が受けられるってわけ。俺がクランの残留にこだわったのもこれが理由だ」


 S級冒険者は免税特権があるからな。

 ちなみに新人冒険者のE級だとクエスト報酬とか素材の売却額の半分近くが手数料と称して差し引かれる。


 だから新人冒険者は上位の冒険者クランへの所属を目指して活動するんだが、冒険者クランは人数制限が厳しいからあんまり機能はしていない。


 S級の冒険者クランですら十人までしか所属できないのだ。

 これじゃあ新人育成に使う枠が少なくなるのも当然である。


 こんなことしてるから落ちぶれた冒険者が盗賊になったりするのに、この国の貴族どもは分かってねぇなぁ。


「なるほど、よく分かりましたわ。つまり今のサブローはただの底辺冒険者ということですわね」

「そう、底辺……こうなるならちょっとでもランク上げときゃよかったなぁ」

「ところでサブローさん、その女性はどなたですか? 首の刻印を見るに、永年奴隷のように見受けられますが」

「実はこれには谷より深い事情があってだな……」

「聞かないでおきましょう。それでクエストは受けますか? 受けませんか?」

「当然受けるさ、俺は冒険者だからな」


 俺は依頼書にサインをすると、サーラちゃんにさよならを告げて冒険者ギルドを後にした。

 道すがら屋台でお昼用の弁当を購入すると、俺達は西門から王都の外へ出た。


「モニカは魔獣の森に行ったことあるか?」

「わたくしは行ったことありませんわね。だってまだLv1ですもの」

「貴族だからって金にものを言わせてパワーレベリングとかしないんだな、なんか意外だ」

「メドール伯爵家でもなければそのような野蛮なことはしませんことよ」


 メドール伯爵家とはこの国の東にある魔境「無限の魔窟」を領地に持つ辺境伯家である。

 そこでは定期的にスタンピードが起こるので、いくらでも戦力が必要なのだ。


 ちなみに俺はそこには行ったことがない。

 かわいいモンスター達と殺し合いなんて野蛮なことはしたくないからな。


「森の入口が見えてきたな。案内するからはぐれないようにちゃんとついてこいよ」

「わたくしは戦いはできませんから、しっかり守ってくださいましね」

「俺だって詐欺師に戦力は期待していないさ。まあ任せなって」


 こうして俺達は、王都から徒歩五分の位置にある魔獣の森へと足を踏み入れたのだった。

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