第50話 いずれ相棒になる二人


 翌朝、アイリスは昨日の疲れもあって遅めに起床した。アイリスが起きた時には、すでにローレンは昨夜の後処理に出かけた後のようだった。


 身支度を済ませ部屋を出ると、そこにはレオンとサラが護衛として控えていてくれた。昨日はレオンがサラに突っかかって仲良くできるか心配だったが、なんだかんだ二人で任務をこなせているようで安心した。


「おはよう、二人とも」

「おはようございます、アイリス様」

「おはよう、アイリス」


 アイリスが笑顔で挨拶をすると、二人ともこちらに向き直り挨拶を返してくれた。


 すると、レオンはサラの挨拶の仕方が気に食わなかったようで、眉を顰めて抗議の声を上げた。どうやら前言撤回のようだ。


「おい、敬語使えよ」

「アイリスとは主従関係ではないからね。公式の場以外で敬語を使うつもりはないよ。あと王様にもね。面接の時は流石にちゃんとしたけど」


 レオンの指摘に、サラは表情一つ変えずそう返した。そんな二人のやりとりを見て、アイリスは苦笑しながらレオンをなだめる。


「レオン。サラの言う通り、私とサラは対等な関係だから、気にしなくて大丈夫よ」

「いや、でも……」

 

 食い下がるレオンに、サラはやれやれと少し呆れた様子で言葉を放った。


「私とアイリスの距離が近いように見えて、羨ましいだけでしょ」

「え、そうなの?」


 アイリスが驚いてレオンの方を見ると、彼は図星だったようで目を泳がせていた。そんなレオンに、アイリスは苦笑しながら言葉をかける。


「人目のあるところでは流石にまずいけど、別に普段は敬語じゃなくてもいいのよ?」

「…………」


 しばらく考え込んだレオンは、相当迷った挙げ句こう答えたのだった。


「流石にタメ口は……陛下に殺されるからやめときます……」



***



 その後朝食を取り、魔物討伐への出発時間まで暇を持て余していたアイリスは、レオンとサラが手合わせをすると言うので、その見学をすることにした。


「朝から元気ねえ」


 アイリスは伯爵邸の庭に座りながら、真剣で斬り合う二人を眺めていた。昨日の夜中もあんなに動いていたのに、二人とも全く動きが鈍っていない。むしろ、昨日より速度が上がっているくらいだ。


 行き交う騎士たちも、二人の人間離れした動きに驚いたような顔をして通り過ぎていく。どうやらサラのことは、既にローレンから通達がされているようだった。


「お前、やっぱ人間じゃねえだろ……動きがおかしすぎる……」

「生身で私に付いて来られるあんたの方がおかしいよ。昨日よりも動きが良くなってるし。ほら、他の騎士たちもドン引きしてる」


 二人は、剣を交えながら難なく会話をしていた。アイリスからすれば、そんな激しい動きをしながら会話ができること自体ありえないことだった。


 昨日から不思議に思っていたが、今もサラからは生命エネルギーである魔力を一切感じない。それにやはり、彼女の動きはあまりにも人間離れし過ぎていた。

 

 昨夜は考える余裕すらなくわからずじまいだったが、今のアイリスにはふと思い出されることがあった。


「もしかしてサラ……身体強化のギフトを持ってるんじゃない……?」


 手合わせを続けるサラにアイリスがそう尋ねると、彼女はレオンの剣を難なくいなし、彼の足を見事にすくった。するとバランスを崩したレオンは、背中を盛大に地面に打ち付けた。


「あでっ!」


 アイリスはレオンが怪我をしてないか心配になったが、すぐにむくりと体を起こしていたのでホッと吐息を漏らした。


 一方のサラはそんなレオンには構わず、すでにアイリスの元に歩み寄って来ていた。どうやらアイリスと話すために、レオンとの手合わせを強制的に終わらせたようだ。


「ああ、そうだよ。よく知ってたね、アイリス」

「前に聞いたことがあったの。魔法が一切使えない代わりに、魔力を全て体内に留めて、それを自由自在に操ることで身体能力を爆発的に強化できる、そういう力を持つ一族がいるって」


 それは、まだアイリスが幼かった頃、師匠から聞いた話だった。


 早く駆けるなら脚に、重い斬撃を放つなら腕に、遠くを見通すなら目に――強化したい部位に体内の魔力を集中して流し込むことで、常人では考えられないほどの力を発揮できるという。


 当時は眉唾物だと思っていたが、なんと今は眼の前に本物がいるのだ。


 すると、地面から立ち上がったレオンが、こちらに近づきながら興味深そうに尋ねてきた。


「へえ。じゃあ、強化魔法を使ってるようなもんってことですか?」

「そんな単純なものじゃないわ。あり得ないくらい精密な魔力操作の技術よ。ああ、どうして昨日気がつかなかったのかしら!!」


 サラが眼の前にいる奇跡をだんだんと実感してきたアイリスは、一気に興奮が爆発した。アイリスは思わず立ち上がり、レオンに詰め寄って力説する。


「レオン、これはすごいことなのよ!? こんな能力を持つ人間、一生に一度会えるかどうかなの! どういう仕組みになってるか調べたいわ……サラの存在自体で、論文が何報も書けるのよ!?」

「ア、アイリス様……一旦落ち着いてください……」


 目を輝かせて語るアイリスに、レオンは気圧されたようにそう言った。レオンが若干引き気味であることに気づき、アイリスはハッと冷静さを取り戻す。


(いけない、いけない。ついつい興奮しちゃったわ。あ、そういえば……)


 アイリスは興奮を落ち着かせてから、昨日気になったもう一つのことを、他の騎士たちに聞こえないように小声でサラに尋ねた。


「ねえ、サラ。昨日、私の魔法を弾いたのはどういう仕組みだったの?」

「ああ、あれはね。こういうこと」


 サラはそう言いながら、手に持っていた剣を見せてくれた。剣のつばには、翡翠色の石が埋め込まれている。


「なるほど、剣に魔抗石まこうせきが埋め込まれているから魔法が打ち消されたのね。でも、剣で魔法を弾かれたのは流石に初めてだったわ。しかも無詠唱でこっそり放ったのに。余程サラの感覚が鋭いのね」


 魔抗石とは、魔力を分散させる働きがある希少な鉱石だ。魔抗石が近くにある状態だと、魔力が不安定になり魔法がうまく発動できなくなる。


「私はアイリスの力のほうが気になるよ。見た目は全然強そうじゃないのに。いつか本気で戦ってみたいな」

「ふふっ。確かにサラ相手だと、本気出さないと負けるかも」


 二人でコソコソと話していると、レオンが落ち込んだように深い溜め息をついた。


「はぁ……俺って天才じゃなかったんだなあ。剣じゃ誰にも負けないと思ってたのに」

「サラも言ってたけど、生身でサラの動きに付いていけてる時点で、相当すごいと思うわ」


 サラの動きは、魔法で最大限強化した状態よりもさらに強化された状態と言って良い。そんな相手とまともに渡り合えるなんて、剣の才能だけでいえばレオンの方が確実に上だろう。


 すると、サラもアイリスの言葉に付け加えるようにしてレオンに言葉をかけた。


「それに昨日も言ったけど、私の身体強化は魔力が尽きたら終わりなんだ。本気を出せる時間は、そんなに長くない。私の力が尽きたら、レオンがアイリスを守ってね」


 二人の言葉を聞いたレオンは、少し不安そうな顔で恐る恐るアイリスに尋ねてくる。


「……じゃあ、俺まだ需要あります?」

「あるある! 自信持って、レオン!」


 アイリスがそう言って励ますと、レオンはパアッと表情を明るくした。が、サラがボソッと言葉を漏らす。


「面倒くさい奴だな」

「おい、聞こえてるぞ!」

 

 そのやり取りがなんだかおかしくて、アイリスは思わず吹き出して笑ってしまった。それに釣られ、レオンとサラも笑い出す。なんだかんだ言って、仲良く出来そうな二人な気がした。


 すると、レオンが思い出したようにサラに質問を投げかけた。


「でも、どうして仇以外の暗殺者も潰して回ってるんだ? 仇だけ見つけ出して殺せば良いもんなのに」

「……暗殺者なんて、ろくなもんじゃないからね」


 レオンの問いに、サラは少し視線を逸らしながらそう答えた。そして彼女は、わずかに遠い目をして続ける。


「別に、仇討ちなんて良いものじゃないんだ。元々は、私が一族の男を皆殺しにしようとしてたんだから」

「え!? それってどういう……」

「まあ、機会があればそのうち話すよ」


 そう言うと、サラは剣を鞘に仕舞い、それ以上は口をつぐんでしまった。

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