第46話 交渉
(まずい……刺客を全員殺されたら、黒幕への手がかりがなくなってしまう――)
ここで黒装束を殺される訳にはいかないアイリスは、レオンの背中に向けて小声で指示を出した。
「今度こそ、全員を魔法で昏睡させるわ。レオンは銀髪の子にだけ集中しておいて」
レオンは剣を構えたまま、返事をする代わりにコクリと頷いた。
そして、アイリスがレオン以外の全員に睡眠魔法を無詠唱でかけると、黒装束の四人はあっけなくその場に倒れ込んだ。
――が、白銀の青年だけは、アイリスの方をバッと振り返りその場で剣を一振りした。
(……剣で魔法を弾いた!?)
アイリスがそう理解した瞬間、またもや青年の姿が消えたかと思うと、次に瞬きした時には目の前でレオンが青年の剣を受け止めていた。
「ぐっ……」
青年の剣に大きく押されたレオンの足元を見ると、剣を受け止めた衝撃で土がえぐれていた。レオンより白銀の青年の方が余程華奢に見えるのに、かなり重い一撃だったことが伺える。
(あのレオンが押されてる――)
魔法は剣で弾かれ、レオンは押されているという予想外の状況に、アイリスの焦りはさらに募った。
「どっ……こに、んな力あるんだ……よっ!!!」
青年の剣を受け止め続けていたレオンは、そう言いながらなんとか剣を弾き返した。青年は少し後ろへ下がると、無表情のまま言葉を発した。
「驚いた。私の斬撃を受け止めたのは、一族の者以外ではお前が初めてだ」
「そりゃどうも」
そう返すレオンは、少し息が荒れていた。魔物や野盗の集団と戦っていた時には一つも息が上がらなかったあのレオンが、だ。
するとレオンは、背を向けたままアイリスに声をかけてきた。
「アイリス様、ちょーっと下がっててもらえますか?」
レオンは普段通りの明るい声でそう言ったが、彼からは依然として緊迫した空気が漂っている。アイリスは言われた通りに、レオンと青年から距離を取った。
アイリスがこの状況を打開する策を必死に考えていると、白銀の青年が二人に向かって話しかけてきた。
「私の標的はこの黒装束たちだ。お前たちを殺すつもりはない。大人しくそいつらを渡せ」
青年の言葉に、レオンは剣を構え直しながら言い返す。
「悪いがそりゃ無理な相談だ。俺らはこいつらから雇い主を聞き出さなきゃならない。それまでは、殺させるわけにはいかない」
「そうか、残念だ。交渉決裂だな」
青年はそう言うと、一度目を瞑った。そして再び目を開いたと思った瞬間、アイリスとレオンは再び青年の姿を見失った。
キィン――!
甲高い金属音が鳴ったかと思うと、アイリスが気づいた時にはレオンが青年の剣を受け止めていた。レオンの高い反射神経がなければ、あの剣を受け止めることなど不可能だろう。それほどまでに、青年の動きはあまりにも人間離れしていた。
「くっ……そ、早えな!!」
青年から幾度となく繰り出される斬撃が、嵐のようにレオンを襲う。レオンもなんとか凌いでいるが、徐々に体の至る所が傷ついていくのが見て取れた。林の中に入った時に施しておいた防御魔法は、青年の斬撃によって既に効果を失っている。
(加勢したいけど、目で追うのがやっと……。下手に魔法を使っては、かえってレオンの邪魔をしてしまう……!)
しばらく斬り合いが続いた後、一度両者が間合いを取った。
「ハッ、ハアッ……お前……バケモンかよ……」
レオンの息はかなり上がっており、額からは汗が流れ出ていた。一方の青年は、ひとつも息を切らさず、落ち着き払った様子で佇んでいる。このままではジリ貧だ。
すると青年は、表情ひとつ変えずにレオンに言葉を返した。
「私の剣を魔法も使わずここまで受けられるお前の方が、余程化け物じみていると思うがな」
そして、二人が再び剣を交えようとしたその時、アイリスは意を決して白銀の青年に声をかけた。
「待って」
アイリスの声に、二人の視線が一斉にこちらへと向けられた。アイリスはひとつ息を吐いてから、青年の瞳をしっかりと見据えて尋ねる。
「さっき彼らが言っていたことは本当? 暗殺者を殺して回ってるって」
アイリスの質問に、青年は怪訝そうな表情を浮かべた。なぜ今そんなことを聞くのかと思っているような顔だ。しかし、アイリスは構わずに言葉を続ける。
「私はこの国の王妃、アイリス・バーネット。あなた、私の護衛にならない? 近頃、私と国王陛下は暗殺者に狙われているの。私のそばにいた方が、効率よく暗殺者と巡り会えると思うわ。牢屋にも、何人か暗殺者が捕えられているし……どうかしら?」
アイリスからの思わぬ提案に、白銀の青年は驚いたように大きく目を見開いた。そしてすぐに、フッと微笑を浮かべる。
「悪くない交渉だ。だが、この場を逃れたいという魂胆が見え見えだぞ? さっきのように、魔法でも使えば良いものを」
(睡眠魔法を使ったのが私だとバレている……。無詠唱でこっそり放ったのに)
青年の言葉を聞き、アイリスは自分の額から冷や汗が流れ落ちるのを感じた。これ以上、ローレンとの約束を破るわけにはいかない。
「この国で私が魔法師だと知るのは、数少ない限られた人間だけなの。秘密を知られたからには、私はここであなたを口封じしなきゃいけないわ。私の提案に乗ってくれたら、話は別だけれど」
半ば脅しのようなアイリスの言葉に、青年は嘲笑を浮かべながら言った。
「口封じすると簡単に言ってのけたが、あんたの魔力量は随分と少なくないか? それで私を倒せると?」
仮面を被っていない今のアイリスは、他人から見れば一般人と同じくらいの魔力量に見えるように制限してある。青年が油断するのも無理はなかった。
とはいえ、ここで本気で魔法を使えば、魔力反応で他の人達にも自分の力がバレる可能性が高まってしまう。レオンを殺されるくらいならもちろん本気で戦うが、穏便に済ませられるに越したことはなかった。
アイリスは一か八か、挑発的な笑みを浮かべて青年に言葉を放った。
「これが私の本気だと思う?」
いずれにせよ魔法の力を知られた以上、この青年とは戦うか仲間になるか、その二択しか残されていない。青年が自分の提案を呑んでくれることを、アイリスは心の中で強く祈った。
それからしばらく、アイリスと青年の睨み合いが続いた。張り詰めた空気に息苦しささえ感じるが、ここで視線を逸らせば負けだ。
そして、睨み合いの末――先に折れたのは白銀の青年の方だった。青年は諦めたように息を吐くとこう言った。
「……二対一じゃ分が悪いか。なんだか、あんたは底が知れない気がする。わかった、提案を呑もう」
青年の言葉に、アイリスはホッと胸を撫で下ろした。しかし、すぐさま青年の鋭い声が飛んでくる。
「ただし条件がある。あんたの護衛をするのはあくまで一時的だ。目的を果たしたら契約解消。それでいいな?」
「ええ、十分よ」
(暗殺者がいつ仕向けられるかわからない今、戦力は少しでも多いほうがいいわ)
一時的とはいえ、最強の剣とも言われる『銀の蜂』の手を借りられるのは、願ってもないことだった。
一方、一人置いてきぼりのレオンは、アイリスの無謀な契約に反対の意を唱えた。
「待ってください、アイリス様! こんな奴を護衛にするなんて危険すぎます!」
レオンはそう言ってから、ハッと気づいたように言葉を漏らす。
「……俺がこいつに勝てなかったからですか……? え、俺、クビ……?」
そう言うレオンは、半ば絶望したような表情を浮かべている。彼の盛大な勘違いに、アイリスは慌てて訂正を入れた。
「違う違う、そうじゃなくて! 同性の護衛もいた方が、動きやすい時もあるかと思って」
「どうせい……?」
「だってあの子、女の子でしょう?」
「………………」
少しの間が空いて、レオンは白銀の青年の方に顔を向けた。そしてしばらく青年をじっと見つめた後、また少し間が空いてから、レオンは盛大に声を上げた。
「はあーーーーっ!?!?」
まさか自分と斬り合っていた相手が女だとは思わなかったのだろう。あんなに重い斬撃を何度も受けていたのだから、勘違いするのも無理はない。
「よくわかったね」
白銀の青年は、微笑を浮かべながらそう言った。先ほどまでと言葉遣いも変わっている。どうやら女性とバレたことで、男のフリをやめたようだ。
「女だとナメられて面倒だから、男のフリをしていたんだ」
「なるほどね。男性のフリを続けた方が都合がいい?」
「いや、別に構わないよ」
そんなアイリスと白銀の青年の会話を、レオンは呆然とした様子で聞いていた。
そしてアイリスは、彼女の名をまだ知らないことに気づき、美しい白銀の青年に尋ねた。
「まだ名前を聞いてなかったわね。あなた、名前は?」
「サラ・クレイマン。しばらくの間よろしく、アイリス」
「ええ。よろしく、サラ」
こうしてアイリスは、無事『銀の蜂』との戦闘を避け、さらには仲間に加える交渉にも成功したのだった。
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