第45話 銀の蜂


 黒装束の男たちは、顔を布で覆っているため人相まではわからない。しかし今日は満月に近いため、月明かりが辺りを照らしてくれているのは幸いだった。林の中でも、ある程度は戦いやすいだろう。


「国王が出てくるかと思ったが、まさか王妃の方が来るとはな」

「まあ良い。この二人を始末して、さっさと国王の首を取りに行くぞ」


 男たちはそう言うと、剣を構えて二人を取り囲んだ。

 黒装束の目的は、やはりローレンの暗殺らしい。そうと分かれば、絶対にここを通すわけにはいかない。


 すると、レオンが剣を構えながら、後ろにいるアイリスに小声で話しかけてきた。


「どうします? アイリス様。ご自分で手を下しますか?」

「戦う時間が惜しいわ。魔法で昏睡させて終わらせる」


 アイリスはレオンにそう返すと、意識を集中させ無詠唱魔法を放とうとした。しかしその時、黒装束の中に、ついさっきまではいなかった六人目の人物がいることに気がついた。


 その場にいる全員がほぼ同時に六人目の存在に気づき、皆の視線が一斉にその人物に注がれた。


 そこには、白銀の髪を持つ青年が立っていた。


 切れ長で薄いグレーの色をした瞳に、スッと伸びた鼻筋、キリリとした眉を持つその青年は、月明かりの下でもかなりの美形であることが見て取れた。

 背はアイリスより少し高いくらいで、色白な手足がスラリと伸びている。背には剣を背負っているが、全体的に線が細い体つきなので、剣を扱う人間にはあまり見えなかった。長い髪は後ろで一つに結ばれていて、風が吹くたびにサラサラとなびいている。


 突然の青年の登場に、アイリスは驚きのあまりしばらくその青年のことを凝視していた。


(いつの間にそこに……!? 全く気がつかなかった――。殺気も、魔力すらも全く感じないなんて……)


 魔力というのは、命ある者なら皆が持っている生命エネルギーだ。魔法が使えない人間でも、ある程度の魔力は体外に放出されるはずだ。

 しかし、眼の前の青年からは全く魔力を感じない。姿を現している今のこの状況では、魔力探知に引っかからないよう魔力を隠す必要もないはずだ。


 それらを考慮すると、眼の前の青年はあまりに異質な存在に思えた。


 すると、黒装束の男たちが焦った様子でこの沈黙を破った。彼らの反応から、どうやらこの青年は仲間ではないようだ。


「お前、何者だ?」

「どこに隠れていやがった!」

「その額当て……お前、まさか『銀の蜂』の生き残りか!?」


 黒装束の言葉を聞き、アイリスは青年の首から下げられている額当てを見た。するとそこには、銀の板に蜂の紋様が彫られていた。


「何!? あの暗殺者の一族の? 確か数年前に、他の暗殺者集団によって壊滅させられたんじゃなかったか?」

「いやいや、一族のうちの一人が裏切って、他の奴ら全員を皆殺しにしたって聞いたぜ」


 黒装束の男たちは、白銀の青年を見ながら驚いたように口々に言葉を発していた。


 銀の蜂と言えば、その名の知れた暗殺者集団だ。一族みな高い剣の技術を持ち、一度標的にされたら最後、生き残れる者はいないという。依頼主以外、出会った者は全員殺されるため、彼らに関する情報は限りなく少ない。


 すると、黒装束の男のうちの一人が、白銀の青年に改めて尋ねた。


「お前、銀の蜂の生き残りなのか?」

「だったらなんだ」


 つまらなそうに答える青年に、男たちは興奮気味に声を上げた。


「こりゃ本物だ!」

「こんなところで、あの伝説の『銀の蜂』を拝めるとはなあ!」

「で、あんたが一族を皆殺しにしたのか?」

「それとも、誰かに壊滅させられたのか? お前一人、なんで生き残ったんだ?」


 次々と飛んでくる黒装束たちからの言葉に、青年は面倒くさそうに溜息をついた。


「――お前たちに喋る義理はない」


 青年の答えに、男たちは揃ってつまらなさそうな反応を示していた。しかしそのうちの一人が、面白いことを思いついたように再び声を発した。


「まあいい。獲物は譲ってやるから、せっかくだしお前の剣技を見せてくれよ」

「そりゃあいい! 最強の剣と噂される『銀の蜂』の剣技、一度拝んでみたかったんだ」


 黒装束たちの頼みに、青年は顔色一つ変えず返事をした。


「……いいだろう」


 白銀の青年はそう言うと、背負っていた剣を鞘からスラリと抜いた。こんな時でさえ、青年からは殺気も魔力も感じない。


 すると、青年の動きに応じて、アイリスの目の前にいるレオンが剣を構えた。レオンからは、今まで彼から感じたことがないほどの張り詰めた空気が漂っている。


(嫌な予感がする……銀髪の子が動く前に、魔法で眠らせる!)


 アイリスがレオン以外の全員に魔法をかけようとした次の瞬間、目の前から青年の姿が消えた。



 ヒュン――。



 風を切る音が聞こえてすぐに、バタッという音とともにわずかに土埃が舞った。


 アイリスが音のした方を見ると、黒装束の一人がその場に倒れ込んでいた。そしてそのそばには、白銀の青年が佇んでいる。手に握る剣からは、血が滴っていた。


 あろうことか、青年はこの一瞬で黒装束の首を斬ったのだ。


(な、何も、見えなかった……)


 目の前で起きたことが信じられず、アイリスは思わず息を呑んだ。

 

 すると、今度は白銀の青年がこの沈黙を破った。


「よかったな。冥土の土産に私の剣技が見れて」


 感情のない表情と声でそう言った青年に、黒装束たちは怒りを露わにして責め立てた。


「お前、何のつもりだ!?」

「よくもってくれたな!!」


 男たちに一斉に剣を向けられた青年は、やれやれというように息を吐いてから言葉を放った。


「何か勘違いしてるようだが、私の標的はお前たちだ」


 青年のまさかの言葉に、黒装束たちはサアッと青ざめていく。


「もしかして……近頃暗殺者を殺して回ってる野郎って、お前のことか……!?」

「ここ数年で、いくつもの暗殺者集団を壊滅させたって奴か!?」


 次は自分たちの番だと理解した黒装束たちは、すぐにアワアワと狼狽し始めた。そんな焦る男たちを見据えながら、青年は少し口角を上げ、微笑を浮かべながら答えた。


「ああ、そうだ。安心しろ。全員仲良くあの世へ送ってやる」


 青年のその言葉に、アイリスは強い焦りを感じた。


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