第47話 採用面接
「レオン、ひとまずその怪我を治しましょう」
そう言ってアイリスはレオンに近づき、彼の体に手をかざした。そして、アイリスが目を閉じ意識を集中させると、光の粒がレオンの体を覆い、所々にあった切り傷が次第に癒えていった。
「ありがとうございます、アイリス様。……すみません、お役に立てなくて」
「ううん、そんなことないわ。私も魔法でサポートできればよかったんだけど……二人の動きが早すぎて、援護する隙がなかったの」
レオンは落ち込んだようにシュンと
しかしこちらが片付いた今、反省会を開くより先にやるべきことがある。
「黒装束たちは後で回収するとして、まずは陛下のところへ戻りましょう」
手練れの騎士たちが付いているとはいえ、レオンもオースティンもいない状況でローレンを一人にしているのはやはり心配だった。
アイリスは、レオンとサラと共に林の中を走りながら来た道を戻った。
「アイリス様、ほんとにこいつを護衛にするんですか?」
隣を走るレオンが、アイリスにこっそりとそう尋ねてきた。
「ええ。陛下には私から説明するわ」
「……俺は反対ですからね。だって暗殺者ですよ? 信用できますか? それに、会ったばかりの奴に背中を預けられる気がしません」
レオンがすごく嫌そうな顔を浮かべてそう言うと、後ろを付いてきていたサラが反応した。
「別に預けてくれなくていい。私一人で十分だ」
「何だとこの……!!」
「……二人とも喧嘩しないの」
レオンとサラの言い合いに、アイリスは小さく溜息をつきながら仲裁に入った。サラを護衛にすると決めたはいいが、この二人が仲良く出来るかが心配だ。
そうこうしているうちに林を抜けると、野盗たちは全員地面に倒れているか縛られており、もうほとんど片付いた後だった。ローレンの指揮の元、騎士団員や伯爵家の私兵たちがテキパキと事態収拾のための作業を進めている。
そして、アイリスがローレンの元に駆け寄ると、彼はアイリスの全身をざっと観察し、怪我が無いか確認してから口を開いた。
「アイリス、無事だな?」
「はい。陛下は?」
「問題ない」
そう言うローレンは、返り血一つ浴びていなかった。普段魔物を相手にしているローレンからすれば、野盗など敵では無いのかもしれないが、それでもこの数を捌き切るのは流石としか言いようがない。転がっている野盗たちを見ると、ざっと百は超えている。
ローレンが無事だという事実に、アイリスは深く安堵した。そして、普段の彼に戻っていることにも。ローレンの顔には、もうあの不気味な笑みは浮かんでいなかった。
「刺客たちは林の中で眠っているので、あとで回収をお願いします」
「ああ、わかった。……で、こいつは誰だ?」
そう言うローレンは、目を眇めながらサラを見据えている。
当然のことなのだが、ローレンは明らかに怪しんだ目をサラに向けているので、ちゃんと説明しないと彼女を護衛として雇えないかもしれない。そう思い、アイリスが説明をしようと口を開いた矢先、レオンに先を越されてしまった。
「陛下、アイリス様を止めてください! こいつ、あの最強暗殺者集団『銀の蜂』の生き残りなんですよ!? それを護衛にするって仰ってて!」
「なに?」
レオンの言葉に、ローレンはますます眉間の皺を深くする。アイリスはレオンの横槍に内心頭を抱えながら、ローレンに順を追って説明を始めた。
「こちらは、林の中で出会ったサラです。彼女は一族の仇である暗殺者を追っていて、片っ端から暗殺者集団を潰して回っているそうです。その一環で、林の中の刺客たちを殺しに来ていたみたいです。全員殺されると、黒幕への手掛かりが無くなるので止めましたが」
アイリスの説明を、ローレンは渋面のまま聞いている。
「彼女は非常に剣の腕が立つので、私の護衛に加えたいと思っているのですが……よろしいでしょうか? いつ暗殺者が仕向けられるかわからない今、戦力は少しでも多いほうが良いかと。暗殺者を追っている彼女と利害も一致しているので、彼女からは承諾の返事を頂いています」
そこまで聞いたローレンは、我慢出来ないというようにフッと吹き出した。思いもしなかった反応に、アイリスもレオンもきょとんとした顔になる。
「ククッ。暗殺者対策として暗殺者を雇うのか。なかなかに滅茶苦茶だな」
そしてローレンは、笑いが落ち着いてからサラに向かってこう言った。
「おもしろい。いいだろう。ここで面接をする」
その言葉を聞き、アイリスはハッとした。
アイリスがあまり言えたことではないが、国王の前での礼儀作法など彼女は知らないだろう。王妃に付ける護衛となれば、最低限の作法は身につけている必要がある。そのあたりがあまり得意でないレオンでも、公の場ではそれなりの振る舞いができている。
しかし、そんなアイリスの心配をよそに、サラはローレンの前で最敬礼の姿勢を取ると、恭しく挨拶を始めた。
「お初にお目にかかります、国王陛下。サラ・クレイマンと申します。ぜひとも、王妃殿下の護衛を務めさせていただきたく存じます」
その立ち居振る舞いがあまりにも美しかったので、アイリスは思わず目を見張った。しかし、アイリス以上に驚いている人物が隣にいた。
「なっ……お前……そんな態度も取れるのか……!?」
レオンは驚いたように目を丸くしながら、サラに向かってそう言った。するとサラは、事も無げにレオンに言葉を返した。
「うちの一族の依頼主は権力者が多くてね。一連の礼儀作法は身についてる。多分、あんたよりはできるよ」
「ぐっ……!」
礼儀作法が苦手な自覚があったのか、レオンは言葉に詰まっていた。
そんなやり取りのあと、ローレンは真剣な表情でサラにこう告げた。
「サラと言ったな。いくつか質問に答えろ。嘘をついた時点でお前も刺客として捕える」
「承知いたしました」
おそらくローレンは自らのギフトの力を使って、サラが安全な人物かどうか判断するつもりなのだろう。ギフトとは魔力の高い人間が持つ特殊能力のことで、ローレンのギフトは『嘘を見抜く力』だった。
「俺やアイリスに危害を加えるつもりはあるか?」
「いえ。私は一族を滅ぼした人間を追っています。国王陛下や王妃殿下が私の仇でない限り、危害を加えるつもりは一切ございません」
「林の中にいたのは、本当に暗殺者を殺すことが目的だったのか?」
「はい。先程アイリス様が仰った通りです」
「何者かの間者だという可能性は」
「いいえ、ございません」
「お前はどれほど役に立つ?」
「相手が人間であれば、まず負けません。ですが、本気で戦い続けられるのはせいぜい十分から十五分程度なので、戦争などの長期戦にはあまり向いていません。魔物とはあまり戦ったことがないのでなんとも言えませんが、剣が通る相手であれば問題ないかと」
「アイリスに忠誠を誓えるか」
「いいえ。今回はあくまで対等な契約です。王妃殿下のお側にいることで私は暗殺者と出会いやすくなり、王妃殿下は最強の剣である私の力を得られます。私は、目的を果たしたら去るつもりです」
そこまでのやり取りが終わったあと、ローレンは少し表情を緩め、面接の合否を下した。
「いいだろう。合格だ」
「な!? 陛下!! 今こいつ、忠誠を誓えないって……!」
レオンが慌てて抗議するも、ローレンの決定が覆る様子はなかった。
「今のやり取りに一切嘘はなかった。有能な人物なら、どんな背景を持っていようが採用する。それに、会ったばかりの人間に忠誠を誓えというのも無理な話だろう。それは、これからのアイリス次第だ」
ローレンの言う通りだ。サラと良好な関係を築けるかどうかは、今後のアイリスの振る舞いにかかっている。
アイリスは身の引き締まる思いがしながら、サラのことを承諾してくれたローレンに礼を伝えた。
「サラのこと、ありがとうございます、陛下。ちなみに、参考までに合格の理由を伺っても?」
「単純に有能だからだ。それに、俺達の暗殺が目的なら、今の時点で殺そうと動いているだろう」
そしてローレンは、楽しそうに口角を上げて言葉を続けた。
「だが、お前は本当に、毎度とんでもない奴を味方にしていくな」
「……?」
ローレンの言葉の意味がわからず、アイリスは首を傾げた。
以前、暗殺未遂事件を解決した際にローレン派閥に入ったルーズヴェルト公爵のことだろうか。でもあれは、公爵が元々ローレン側に付くつもりだったので、完全にアイリスのおかげというわけではない。
アイリスがそんなことを考えていると、遠くの方からオースティンが大声を上げながら、ものすごい勢いで駆け寄ってきた。
「陛下!! ご無事で!!!」
伯爵たちを街に逃がし終えた後、急いで戻ってきたのだろう。休みなく走っていたのか、流石に息が上がっていた。オースティンは息を整えた後、眉を顰めながら自らの主君を諌めた。
「全くあなたという人は……! いつも無茶をなさる!!」
「そう言うな。伯爵たちは無事だな?」
「ええ、抜かりなく」
そう言うと、オースティンは再度険しい表情になり、ローレンに進言した。
「明日は一度王城に戻られた方がよろしいのでは? 別の討伐隊を送り直しましょう」
「警戒が強まった中、今日明日で再び来る馬鹿もそういないだろう。明日の午前は各自休息とし、その後再び街外れの泉に向かう。捕縛した賊は王城に連絡して連れ帰らせろ。雇い主を聞き出しておくよう伝えておけ」
オースティンの進言を聞き入れる様子もなく、ローレンはそう命じた。国王の決定に、オースティンは困り果てたように溜息をつきながら手で額を抑えている。
「
ローレンにそう言われ、アイリスは大人しく部屋に戻り彼の帰りを待つのだった。
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