第41話 イオールの街
「うわあ、とっても綺麗……!!」
森を抜けてアイリスの眼前に広がったのは、あたり一面の小麦畑だった。黄金色の小麦がそよそよと風に揺られている様は、アイリスが今までに見たことのない美しい情景だった。
コネリー伯爵家が治めるイオール地方では、小麦や野菜などの農作物が広大な土地で育てられており、王都の食料庫としても知られている。そのため、魔物によって畑が荒らされるというのは、食糧問題にも繋がりかねないことなのだ。
アイリスが外の風景に感動していると、ローレンが書類から顔を上げ、解説を入れてくれた。
「今はちょうど小麦の収穫時期だな。ここの小麦畑は、この時期が一番美しい」
「そうなんですね。でも、王都からそう遠くないのに、とても自然豊かで素敵な土地ですね」
「ああ。このあたりは土壌が肥沃でな。この畑を抜けてもう少し行けば、イオールの街に着く」
そう言って窓の外を見るローレンの表情からは、先程までの鋭さは既に消えていた。そんな彼を見て、アイリスはようやく安堵することができた。
そして、見事に広がる小麦畑を眺めながらしばらく進むと、ところどころに家屋が見えてきた。どの家も敷地が広く、美しい庭や立派な倉庫が備え付けられている。もしかしたら、このあたりの畑を管理する家なのかもしれない。
その先をさらに進むと、街の入口が見えてきた。そのまま入口を通り街の中に入ると、石造りの家や店が軒を連ねていた。王都から離れているものの街の中心は活気に満ち溢れており、様々な農作物を売る露店や、食料を仕入れに来た商人たちで賑わっている。
アイリスが窓の外を眺めながら忙しなく視線を動かしていると、ローレンが少し笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「見て回りたいか?」
アイリスは、自分がワクワクした表情で窓の外を眺めていたのを彼に見られていたことに気づき、慌てて頬を両手で覆った。
「そ、そんなに顔に出てましたか……?」
「ああ。もし時間があればレオンにでも案内させよう。他の街に来るのは初めてだろう」
「い、いえ、流石にそれは……! 遊びに来ていると思われてもあれですし……今度機会がある時にでも伺います」
そう言ってローレンの提案を慌てて断ると、彼は徐にアイリスの頭を優しく撫でた。
「俺にはそんな遠慮はしなくていい。それに、街の視察も立派な王妃の仕事だ。まあ、時間があればだ」
そう言う彼の声は、先ほど叱責していた時とは打って変わって、とても穏やかな音をしていた。ローレンに急に甘やかされて、アイリスはなんだかくすぐったい気持ちになってしまう。
「……ありがとうございます、陛下」
ローレンに礼を言ったアイリスは、火照った顔を冷やそうと、しばらく窓からの風に当たっていた。
程なくして街を抜け、さらに丘を登っていくと、ようやくコネリー伯爵の屋敷が見えてきた。早朝に王城を出立したものの、太陽の高さを見るに既に昼近くのようだった。途中魔物と遭遇したことで、到着が少し遅れてしまったらしい。
一行が屋敷に到着すると、執事やメイドたちが出迎えてくれた。ドミニクは学校の寮に住んでいるため、おそらくこの屋敷にはいないはずだ。
そして、門の中央に立っている眼鏡をかけた細身の男性が、どうやらドミニクの父、コネリー伯爵のようだった。ドミニクと同じ暗めの茶髪に茶色の瞳を持つ彼は、面影もドミニクによく似ている。
「ようこそいらっしゃいました。陛下自ら討伐にお越しいただけるとは、恐悦至極にございます。どうぞお入りください」
そう言って屋敷の中に案内されると、移動で疲れているだろうからと、挨拶もそこそこにひとまず二階にある客室に通された。アイリスとローレンの部屋は隣同士で、部屋の間は扉で繋がっているようだった。室内は綺麗に整えられており、ベッドやソファ、テーブルなど、家具一式が揃えられている。
荷物を運び込み一息ついていると、ローレンの部屋に続く扉からノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ」
そう声をかけると、扉からローレンが顔をのぞかせた。彼は軍服の上着を脱いでおり、少し身軽になっている。
「俺は今回の討伐依頼の件について、伯爵と少し話してくる。昼食を運ばせるから、お前は部屋で休んでいろ。部屋の前にレオンを控えさせておくから、何かあれば呼べ」
ローレンはそう言うと、さっさと部屋を出ていってしまった。
程なくして昼食が運ばれてきたので、アイリスはソファで食事を取りながらローレンを待つことにした。そして、一時間ほど経った頃、今度は廊下側の扉を叩く音と共に、ローレンの声が聞こえてきた。
「アイリス、今良いか?」
「はい」
ローレンは部屋に入ると、アイリスの向かいのソファに腰掛けた。
「標的の魔物は、どうやら街外れの泉に住み着いているらしい。この後、そこまで案内してもらうことになった」
「そうでしたか。私も同行してもよろしいですか?」
「いや、今日は偵察に行くだけだ。帰ったらちゃんと報告するから、今日はレオンと待っていろ。まあ、雑魚ならその場で倒してくるが」
アイリスとしてはローレンの護衛として付いてきたつもりなので、彼からあまり離れたくないのだが、それを伝えても『俺より自分の身の安全を考えろ』と言われて終わりな気がしたので黙っておくことにした。それに、軍部の最高司令官であるオースティンがついているなら護衛としては十分だろう。
「魔物の種類は、結局わかりませんでしたか?」
「ああ。魔物が現れるのは決まって夜らしくてな。目撃情報が少なく、大きくて空を飛んでいる魔物としか情報が来ていないようだ」
「空を飛ぶ大型の魔物……ロックバードかグリフィンあたりでしょうか。強い魔物でないといいのですが」
「今の情報だけだと何ともな。まあ、直にわかる」
そう言うと、ローレンは要件が終わったのかソファから立ち上がった。そして最後に、アイリスに向けて言葉をかける。
「もし暇なら、レオンを連れて街へ行くといい。せっかく城から出てきたのに屋敷にいては退屈だろう」
「よろしいのですか?」
「一人にならないと約束できるならな」
「それはもう、絶対守ります……! レオンが護衛から外れてしまうのは、とても寂しいので……!」
アイリスがそう言ってブンブンと勢いよく首を縦にふると、ローレンはフッと笑みをこぼした。
「他の護衛も数人付けるが、まあ、あいつ一人いれば何かあっても対処できるだろう」
前から感じていたが、ローレンのレオンへの信頼はかなりのものだ。レオンの忠誠心の強さ故かと思っていたが、あの剣技を見れば納得だった。
そうしてアイリスは、ローレンを見送った後、イオールの街へ散策に向かうのだった。
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