第40話 レオンの実力

 

 馬車に揺られ三時間ほど経った頃、討伐隊一行はイオールの街付近にある西の森に入っていた。三日前にアイリスが結界の綻びを修復したあたりだ。


 森の中は馬車が通れるほどの道が舗装されているため、比較的揺れも少なく快適だ。道路の左右には木々が生い茂っており、太陽の光がまばらにしか入ってこないのでやや薄暗い。が、初夏の日差しを遮ってくれているので随分と涼しかった。


 そして、森の中をしばらく進むと、アイリスの中にざわりとした嫌な感覚があった。魔力探知に何かが引っかかったようだ。アイリスは嫌な感覚がした方に意識を集中させながら、書類仕事を続けていたローレンに声をかけた。


「陛下、三時の方角から魔物の群れが向かって来ています。数は……二十体近くいますね。魔力の感じ的に、おそらくオークかと」

「わかった。部隊に指示を出してくる。お前はここにいろ」


 そう言ってローレンが素早く馬車を止め外に出ると、すぐにレオンがアイリスの元へとやってきた。


「アイリス様。陛下は魔物討伐の指揮に向かわれたので、俺が護衛を」

「私は大丈夫だから、レオンも討伐に加勢してあげて。数が多いわ。本命の魔物と戦う前に部隊の人員が削られるのは避けないと」

「でも……」

「いざとなったら、力を使って自分で身を守るわ。それに、剣技見せてくれるんでしょ? もしレオンが陛下に怒られそうになったら、私が説明するから」


 アイリスがニコリと笑いかけてそう言うと、レオンは少し迷った素振りをした後、意を決したようにアイリスを見つめた。


「わかりました。すぐに片付けてくるので、もし何かあれば迷わず呼んでください」

「ええ、気を付けてね」

「ちゃんと見ててくださいね! 俺の活躍!」


 そう言ってレオンは剣を抜くと、魔物がいる方へと向かっていった。三時の方向の先には、既に騎士たちが隊列を組んでおり、魔物の群れもすぐ近くまで迫って来ているところだった。


 魔物はアイリスが予想した通りオークだった。緑色の肌に牙を持つ人型の魔物だ。人間より少し大柄だがそこまで強い魔物ではないので、アイリスはさほど心配せず馬車の中から成り行きを見守ることにした。


 そして、オークの群れと騎士たちがいよいよぶつかろうとしたその時、閃光の如く煌めくひとつの剣身が目に入った。


「なっ……!?」


 眼の前に広がる光景に、アイリスは開いた口が塞がらなかった。


 レオンは隊列を無視して単身でオークの群れの中心に降り立つと、瞬く間にオークたちを斬り倒していったのだ。その身は軽く、だがその斬撃は非常に重く鋭いものに見えた。

 目にも留まらぬ速さでみるみるうちに敵の数が減っていき、そしてとうとう、レオンはほぼ一人でオークの群れを片付けてしまった。

 

「全く、あのバカは……護衛対象を放っておく奴があるか」


 いつの間にかアイリスが乗る馬車のそばで腕組みをしながらたたずんでいたローレンは、レオンを見ながら眉根を寄せ、呆れたようにそう言い放った。窓から顔を出していたアイリスは、一度馬車を降りると、レオンに叱責が飛ばないようローレンに嘆願しておくことにした。


「魔物の数も多かったので、私が加勢するように命じたんです。だから、怒らないであげてくださいね」

「お前の身を守る方が重要だ。優先順位を見極められないようでは、あいつもまだまだだな」


 そう言うローレンの眼差しは、かなり険しいものだった。この様子では、レオンが怒られるのは目に見えて明らかだ。自分の指示のせいで彼が叱責されるのは、流石に申し訳がなさすぎる。


「で、でも結局、レオンが素早く魔物を倒したおかげで部隊に損害は出ていないようですし。大目に見てあげてください」


 アイリスがローレンへの嘆願を続けていると、二人に近寄り声をかけてくる人物がいた。


「ご無事ですか。ローレン陛下、アイリス殿下」

 

 声の主は、軍の総司令官であるオースティン公爵だった。短く整えられた赤髪に紫がかった瞳を持つ彼は、長身のローレンよりもさらに背が高く、軍服の上からでもその体格が良さが見て取れる。端正な顔立ちに少し日に焼けた肌が印象的で、その実力も相まって女性からの人気も高いという。


 すると、ローレンが険しい表情のままオースティンに言葉を返した。

 

「ああ、問題ない」

「何よりです。今回の討伐対象は空飛ぶ魔物と聞いておりますので、このオークたちは無関係でしょうな」

「だろうな。念の為、負傷者がいないか確認しておけ。無事が確認でき次第出発する」

「は」


 ローレンとオースティンがそんなやり取りをしていると、レオンがアイリスの元に駆け寄ってきた。


「アイリス様! ご無事ですか!?」

「ええ、大丈夫」

「よかった」


 アイリスの言葉を聞き、レオンは安堵したように胸を撫で下ろした。あんなに激しい動きをした後だというのに、レオンが息一つ切らしていないことに驚く。 

 アイリスがレオンの功績を讃えようとと口を開いた時、オースティンとの会話を切り上げたローレンがこちらに近づき、鋭い声を上げた。


「レオン」


 その声に、アイリスもレオンも二人してビクッと肩を上げた。恐ろしくて声の主の方を向けないまま、アイリスは胸の前で手を合わせ、レオンに謝罪のポーズを取る。

 一方のレオンはローレンに向き直ると、叱られた子犬のようにシュンと俯いた。


「も、申し訳ありません……俺が素早く倒してしまった方が被害も少ないかと思って……」

「どうせこいつに『自分は大丈夫だから』とでも言われたんだろう」

「ごめんなさい、言いました」


 アイリスがローレンの方をちらりと見ながらそう言うと、鋭い視線がこちらに飛んできた。どうやらこれは、なかなかに怒っているらしい。

 そしてローレンは、険しい表情で二人を睨みつけながら告げた。


「レオン。次にアイリスを一人にしたら、その時は専属護衛から外すからそのつもりでいろ」

「はい……」


 ローレンに叱られ、レオンはしおしおと項垂れた。

 傍から見ればレオンに放った言葉に聞こえるが、これはアイリスにも安易に一人になるなと言っているのだろう。


 何とも居た堪れない空気が漂っていたところ、かたわらにいたオースティンが助け舟を出してくれた。


「まあまあ、レオンのおかげで被害も最小限に済んだようですし、良しとしましょう」


 しかしローレンはその言葉には答えず、代わりに大きな溜息を漏らしていた。

 


 その後、森を抜けるまでのしばらくの間、黙々と書類仕事をするローレンに話しかけるわけにもいかず、何とも言えない気まずい雰囲気を勝手に感じて胃を痛めるアイリスだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る