第39話 魔物退治に行きましょう!
放課後、王城に戻り制服からドレスに着替えると、アイリスは自室の扉を開けてひょっこりと顔を出した。すると、扉の前にいたレオンがこちらを振り返り、くしゃりと笑いながら声をかけてくれた。
「あ、アイリス様。おかえりなさい」
「ただいま、レオン。いつもありがとね」
学校に行く日は、アイリスは自室に籠もって勉強や公務をしていることになっている。そのためレオンは、アイリスの部屋に誰も入らないよう扉の前で控えてくれているのだ。
一日中レオンを拘束することになってしまうので初めは断ったのだが、事情を知る数少ない人間だからと率先して引き受けてくた。
レオンを部屋に入れると、アイリスは昨夜からずっと伝えたかったことを彼に報告した。
「レオン、聞いて! 陛下が今度向かわれる魔物討伐に、付いていけることになったの!」
「俺も陛下から聞きましたよ、アイリス様。もちろん自分も護衛としてお供しますんで!」
「ほんと!? じゃあ、この前の約束、叶えてもらおうかな」
「俺の剣技を見せるってやつですね。もちろんです。機会がありそうならいつでも!」
レオンは得意げに拳を胸に当てながら、ニコッと笑ってそう言った。
今回の魔物討伐に同行するのはもちろんローレンの護衛が目的なのだが、ローレンやレオンの剣技を見られるのが内心楽しみでもあったのだ。
すると、レオンが思い出したように『あ』と声を上げたかと思うと、困ったように眉を下げながらアイリスを諫めた。
「そう言えばアイリス様。二日間飲まず食わずで王都の結界を直してたって陛下から聞きましたよ? 部屋から出てくるまで絶対に入ってくるなとアイリス様に言われていたので従いましたが、流石に無茶しすぎですよ」
「あー、そのことね……ごめんね、巻き込んじゃって。陛下に怒られたりしなかった?」
「はい。でも、これからはアイリス様の『大丈夫』と『無理しない』は信じるなと言われました」
レオンの言葉に、アイリスは苦笑する他なかった。母国にいた頃は他人から心配されることなどなかったため、何をすると心配をかけるのか、その辺りの線引きがどうにもよくわからないのだ。
「ごめんね、レオン。自分では無理してるつもりはないんだけど、周囲にはどうにも心配をかけてしまうみたい。もし私が無茶してたら、教えてくれると嬉しいわ」
「……無茶したら『止めてくれ』とは言わないんですね?」
アイリスの頼みに、レオンがこちらの顔をじとりと見遣ってそう言った。
「……いや、ほら、それは時と場合によるというか、ね? 陛下の身に危険が迫ってたりしたら、レオンも無茶するでしょ?」
アイリスがしどろもどろになりながら言い訳をしていると、レオンは半ば呆れたように溜息をついた。
「言い分はわかりますけど、自分が王妃だってこと忘れないでくださいね。いくらお強いとはいえ、アイリス様はもう少し自分のことを大切にすべきです」
「ごめんなさい……」
珍しく真剣なレオンにそう言われ、アイリスは素直に反省した。確かにいずれ離婚するとはいえ、王妃である以上、もし自分の身に何かあればローレンの立場も危うくなりかねない。
「わかっていただけたなら何よりです。……って、生意気でしたよね……すみません」
レオンはそう言うと、少し癖のある髪をくしゃくしゃと掻きながら眉を下げた。
「ううん、いいの。ありがとね」
王妃という立場上、レオンのように提言してくれる人間は貴重だ。アイリスはレオンに礼を言うと、今日学校で出会った青年のことをふと思い出し、何か情報が得られないか尋ねてみた。
「あ、ねえレオン。ルーイ・ダウンワードって人、知ってる? ほら、この前アベル様とお茶会した時に後ろにいた」
「ああ、あの人ですか……俺、ちょっと苦手なんですよね。胡散臭いっていうか。なんかいつの間にか王城にいて、気づいたらアベル殿下の側近になってたし……」
アイリスの問いに、レオンは眉を顰めながら言いにくそうにそう答えた。しかし、胡散臭いという部分は大いに同意できる。ルーイの言葉も笑顔も、どうも嘘だらけに思えたのだ。
アイリスがそんなことを考えていると、レオンが怪訝そうな顔をこちらに向けた。
「その人がどうかしたんですか?」
「ううん、聞いてみただけ」
ルーイは自分でも諜報員と言っていたので、側近というより影の仕事を主にしているのかもしれない。
お互いに正体を黙っておくと約束した手前、学校でルーイに会ったとは言えないので、アイリスは適当に会話を切り上げたのだった。
***
そして二日後、イオールの街に向け、魔物討伐隊が王城から出立した。
今回アイリスは、魔物討伐の見学という
部隊は二十名ほどと少数で、エディから聞いていた通りそのほとんどが騎士団の人間だった。というのも、今回はローレンの他に、軍部の最高司令官であるヒュー・オースティンも参加しているのだ。
彼はまだ年若く、三十代で軍のトップに上り詰めた傑物だ。魔法師としても騎士としても一流で、その彼とローレンの二人がいれば事足りるということなのだろう。
また、彼は公爵家の当主で、数少ないローレン陣営のうちの一人でもある。オースティンの一族は、代々軍部に騎士や魔法師を輩出している名門貴族で、歴代の功績が称えられ公爵家になったと聞く。
イオールの街までの道中、アイリスはローレンと同じ馬車に乗り、窓の外を眺めていた。
今日はひとまず依頼主であるコネリー伯爵家を訪れ、詳しい話を聞くことに事になっている。街に魔物が現れるのは不定期なため、コネリー伯爵家にしばらく滞在する予定だ。
すると、馬車の中でも書類仕事を進めていたローレンが、ふと視線を上げて話しかけてきた。
「こうしてお前を遠出させてやれるのは初めてだな。普段あまり連れ出してやれなくてすまない。王城にばかりいては息が詰まるだろう」
「いいえ、学校に行かせてもらえるだけで、十分ありがたいですよ。母国にいた頃は、城から出ることも出来ませんでしたから」
ローレンがそんなことを思っていたのかと内心驚きつつ、アイリスは素直に感謝の気持ちを伝えた。
書類仕事の邪魔をしては悪いと思い、話しかけないようにしていたが、ローレンから話しかけてきてくれたので、アイリスは気になっていたことを尋ねてみることにした。
「そう言えば、陛下が魔物討伐に行かれること、私のクラスメイトも知っていたんですが……。彼は宮廷魔法師団の仕事を手伝うことがあるからそれで知ったと言っていましたが、いささか情報を広げ過ぎではありませんか? 王城を離れるタイミングなんて、暗殺の絶好の機会です」
「ああ、それはわざとだ。黒幕に繋がる証拠を得るために、敢えて暗殺者を差し向けやすい状況を作った。いい加減、狙われるだけの状況が面倒になってきたからな」
「なっ!? そんなの危険すぎます!!」
とんでもないことを事も無げに言うローレンに、アイリスは驚きながら抗議の声を上げた。すると彼は、少し溜息をついてから続ける。
「だからお前を連れて行きたくなかったんだが……まあ、城に残してお前が狙われる可能性もゼロじゃないからな。逆に、側にいてくれたほうが守りやすいと思うことにした」
「私のことではなく、ご自分の心配をなさってください!」
「自分の身くらい自分で守れる。お前は俺の心配なんかせず、自分の身を守ることだけ考えていろ」
ローレンの護衛のつもりで同行したのに、これではアイリスが守られる側になってしまっている。無茶をしているのはどちらだと言いたくなったが、ローレンはこの話題に興味を失ったのか、既に書類に目を落としていた。
集中するローレンに再び話しかけるわけにもいかず、今度はアイリスが溜息をつき、またしばらく窓の外を眺めるのだった。
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