第37話 気難しいクラスメイト


 翌日、アイリスは一週間ぶりに学校へ来ていた。最近は、週一回程度の出席ペースに落ち着いている。


 アイリスは、教室に着き自分の席に荷物を置くと、ホームルームが始まる前にドミニクに魔物の件を聞いてみることにした。ドミニクにはかなり嫌われているようなので、話しかけるのは流石に緊張する。


「ドミニク」

「……なんだ?」


 席に座っているドミニクに声をかけると、不機嫌そうな声が返ってきた。


 相変わらず目の下には隈ができており、色白で細身なのも相まって随分と不健康そうに見える。眼鏡の奥の吊り目気味な瞳は、初めて会った時と同じようにこちらを睨みつけていた。


 その迫力に一瞬気圧されそうになるが、勇気を出して続きを話す。


「その……伯爵領のこと聞いたよ。魔物が住み着いてるって。大丈夫? もし私にできることがあったら、何でも言ってね」

「ふん、自分なら余裕で魔物を討伐できると? 自慢か?」


 ドミニクは、表情をより一層険しくしながらそう返してきた。彼の言葉に、アイリスは慌てて否定する。


「そ、そういうことじゃなくて、ただ心配で……」

「君に心配される筋合いはない」

「……そっか。近々討伐隊が派遣されるらしいから、早く落ち着くと良いね」


 その言葉にドミニクは何も返さず、そっぽを向いて黙り込んでしまった。


 学校に入学するまで年の近い子と話す機会などほとんどなかったアイリスは、こういう相手に対してどう接すればいいのかわからなかった。これ以上の会話は無理だと判断して、アイリスは一旦自分の席に戻ることにした。

 

 座席につくと、アイリスは小さく息を吐き、思わず小声で言葉を漏らした。


「ふう、緊張した……」

「わお、アイビー勇気ある〜。ドミニクは気難しいからね」


 アイリスにそう話しかけて来たのは、隣の席のリザだ。彼女は机に頬杖をつきながら、緑がかった大きな瞳をこちらに向けている。肩先までのアイスブルーの髪は、この初夏の季節に映え、とても涼しげに見える。


 そして、前の席に座っていたエディもくるりと後ろを向いて、二人の会話に混ざってきた。美少年と言うに相応しい容姿をした彼は、クリクリとした可愛らしい瞳でアイリスを見ながら言った。


「でも、イオールの街に魔物が住み着いた件は心配ですよね。いくら西の端とはいえ、王都内に魔物が住み着くなんて聞いたことありませんよ」


 恐らくエディは父親からこの話を耳にしたのだろう。彼の父親は、宮廷魔法師としてローレンの叔父であるアベルに仕えていると聞く。今回の討伐隊の中に、もしかしたらエディの父親もいるかもしれない。


 アイリスがそのことについてエディに尋ねようとした時、担任のマクラレンがガラッと扉を開けて教室に入ってきた。


「はーい、みなさーん。席に座ってくださーい。出欠取りますよ〜」


 マクラレンはいつも通りにこやかに笑いながら、ゆったりした話し方で生徒たちに声をかけた。続けてホームルームの時間を告げるチャイムが鳴り、立っていた生徒たちも各々席に着いていく。


「エディ。イオールの街の件について、お昼休みのときにでも話を聞かせて」


 既に前を向いていたエディにアイリスが小声でそう告げると、彼は指で丸を作って了承の意を伝えてくれた。


 その後、午前の授業を全て終えると、アイリスはいつも通りリザとエディと食堂に向かった。すると、食堂までの道中で、アイリスは見覚えのある人物を見かけた。


(あら、あの人は……。何かの調査で来ているのかしら?)


 王城で見かけた彼は、今は変装をしていたため、こちらから声をかけることは止めておいた。そもそも、アイリスも今は変装中の身だ。無用な接触は避けようと、気づかないふりをしてそのまま食堂へと向かった。


 三人が食堂の隅の方の席に座ると、早速エディがホームルーム前にお願いしていた話題を持ち出してくれた。


「イオールの街の件でしたね。何か聞きたいことが?」

「うん。エディのお父様って、今回の討伐隊に参加されるの?」


 もしアベルに仕えているエディの父親が討伐隊に参加するなら、ぜひとも話してみたいと思っていたのだ。政権奪還に向け、政敵であるアベル陣営について少しでも情報を得たいところだ。


 すると、アイリスの問いに、エディは声の音量を最大限絞って答えた。


「いえ、父様は参加しません。ここだけの話、今回は国王陛下が討伐に向かわれるので、編成は騎士団が中心で、宮廷魔法師団からは回復役などが最小限参加するのみのようです。そうそう厄介な魔物でもない限り、国王陛下がいれば魔法師は事足りるので」

「よ、よく知ってるのね」


 この国の軍部は、騎士団と宮廷魔法師団の二つに分かれている。規模としては騎士団が圧倒的に大きいのだが、それほど魔法師の数が多くないこの国では、宮廷魔法師団は少数精鋭のエリート揃いらしい。

 その少数精鋭がいなくともローレンだけで事足りるというのは、彼の魔剣士としての実力の高さが伺える。


 しかし、国王が討伐に向かうというのは、かなりの機密情報なのではないだろうか。国王が王城から離れるタイミングなんて、暗殺には絶好の機会だ。もしエディがこの情報を父親から聞いたのだとしたら、それはローレンに報告すべきレベルの問題だ。


 内心冷や汗をかきながらそんなことを考えていると、アイリスの不安を感じ取ったのかエディが説明を付け足してくれた。


「父様の関係で、僕もたまに宮廷魔法師団の仕事を手伝ったりしているので、軍部の情報には少し詳しいんですよ」

「なるほど、そうだったのね」


 エディの回答にアイリスはホッと胸を撫で下ろした。

 すると、今まで話を聞いていたリザが質問を投げかけてきた。どうやらリザの情報網がすごいのは、学校内に限ってのことらしい。


「ねえ、魔物が住み着いたって言ってたけど、どんな魔物なの?」

「それが、空を飛ぶ魔物としか情報が来てないようですよ」

「その情報だけじゃ、何もわからないわね。コネリー伯爵も、討伐を依頼するならもう少しちゃんとした情報を送らないと……」


 エディが困ったように答えると、リザは呆れ顔でそう言った。確かに、アイリスも曖昧な情報しか来ていないのが気になっていた。万が一危険度の高い魔物だった場合は、ローレンとの約束を破ってでも彼と部隊の人たちを守るつもりだ。


 その後、昼食を終え食堂から教室へ戻ろうとする道中で、アイリスは後ろからついてくる人物の気配が気になった。


(……食堂からあからさまに付けられてるわね。これで気づかないとでも思っているのかしら。それとも、わざと気づかせようとしてる?)


「リザ、エディ、ごめん。ちょっと忘れ物しちゃったから、先に行ってて」


 二人にそう言うと、アイリスは人気ひとけのない方へ廊下を進んでいく。普段往来の少ない、学校棟と研究棟の間にある二階の渡り廊下に出たところで、アイリスは立ち止まった。


 そして自分と "彼" 以外に人影がないことを確認し、振り返って声をかけた。


「何か用かしら?」


 アイリスを付けていたのは、昼食前に食堂へ向かう道中で見かけた変装していた彼――以前アベルと話したときに後ろに控えていた側近の彼だった。

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