第34話 それぞれの後日談
この日アイリスは、新たな論文執筆のために自室に籠っていた。そして部屋には、護衛としてレオンがついていてくれている。
今は作業が一区切りついたので、一旦休憩をとっているところだった。テーブルの上には、紅茶と焼き菓子が置かれている。
アイリスがソファに座りながら紅茶に口をつけていると、レオンが珍しくぼやき始めた。
「最近、俺の仕事少なくないですか……?」
扉のそばで佇んでいるレオンが、あからさまにしょげている。ここ数日はアイリスが毎日学校に通っていたので、レオンはずっと城でお留守番だったのだ。
「ごめんね、レオン。暗殺未遂事件もひとまず落ち着いたし、しばらくは学校に行く頻度も減ると思うから」
「……やっぱり変装して、学校まで護衛しに行ったらダメですか?」
「ありがとう、レオン。でも、生徒に護衛がついてたら流石に目立つから……ごめんね」
レオンの申し出にアイリスが苦笑しながら断ると、彼はさらに
「俺、アイリス様に良いところを見せられたことがない気がします……。ほんとは強いんですよ?」
「ふふっ。レオンが強いのは、見ればわかるわよ。近接戦だったら、本気出さないと危うそうだもの」
「アイリス様……専属護衛と戦うシミュレーションしないでくださいよ……」
アイリスの言葉を聞いたレオンは、半ば呆れ顔でそう言った。
でも、宮廷騎士の中でも随一の腕前を持つレオンの剣技は、正直一度見てみたい気持ちもあった。
「じゃあ、いつか見せてね。レオンの剣技」
「はい! 楽しみにしててください!」
アイリスが笑顔でお願いすると、レオンは拳を胸に当て自信たっぷりにそう返事をした。しかしこの時の約束は、そう遠くないうちに実現するのだった。
***
後日、アイリスは久々に学校に登校していた。マーシャの一件が片付いてからは、他にやることもあり、週に一回程度に出席頻度を下げている。
この日は午前の授業の後、いつものようにリザとエディと共に食堂で昼食を取っていた。ガヤガヤと賑わう中で、エディが二人に話しかけてくる。
「いやあ、まさか本当に『魔法の無効化』に関する論文が出てたなんて、驚きましたよ」
マーシャの研究論文が発表されて数週間が経った今、学校では『魔法の無効化』に関する話題で持ちきりだった。彼女の研究は、この国の魔法学者に大きな衝撃を与えるほどの偉業だったのだ。
エディの言葉に、リザがいつもどおり噂話を披露してくれた。
「私も! 初めは論文の内容が難解過ぎて誰も理解できなかったらしくて、だからあんまり話題に上がってなかったんだって。でも最近、マーシャさんが講義を開いて、論文の内容について説明されたそうよ。そこから一気に火がついて、今や話題の中心になってるってわけ」
「リザ……相変わらずの情報通ですね……」
エディが呆れた顔をリザに向けながら、ボソリとつぶやいた。見慣れた光景を久々に見ることができ、アイリスは思わずクスリと笑ってしまった。
「でも、アイビーって、話題になる前からその論文を探してたわよね? すごくない? どうしてそんな論文が出てるってわかったの?」
リザからの唐突な質問に、アイリスの肩がピクリと跳ねた。どう誤魔化そうかと内心焦り、冷や汗が吹き出てくる。
「い、いやあ、ちょっと『魔法の無効化』について興味があって……偶然探してただけというか……」
「ふーん……?」
リザは目を眇めながら疑わしそうにアイリスを見つめていたが、これ以上追求されずに済んだのは幸いだった。
放課後、生徒の姿もまばらになる中、アイリスが昇降口に向けて廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「事件、解決したみたいで良かったですね」
「マクラレン先生」
アイリスが振り返ると、そこにはにこやかに笑うマクラレンの姿があった。ローレンの部下たちの姿が消え、事件が終結したと思ったのだろう。
「はい。この度はお騒がせしました」
「いえいえ。あ、そういえば、君の論文読みましたよ」
「ありがとうございます。マーシャさんの論文が凄すぎて、私のは霞んじゃいましたけどね」
マクラレンの言葉に、アイリスは苦笑しながらそう返した。
そうなのだ。アイリスの論文は無事受理されたものの、マーシャの論文の影に隠れてしまい、『仮面の魔法師』初の論文としては、残念ながらあまり印象を残すことが出来なかった。
「いやいや、十分すごい内容でしたよ。特に『複数魔法使用時の魔力安定化』については、僕も参考にさせてもらおうと思いました。アイビーさんは、いったい何個の魔法を同時に使えるんですか?」
マクラレンはにこやかな表情のまま、論文についての感想を伝えてくれた。どうやら本当に読み込んでくれたらしい。
そしてアイリスは、マクラレンの質問に指折り数えてから答える。
「そうですね……五つくらいまではいけると思います」
「ははっ。流石ですねえ。アイビーさんに魔法で勝てる人なんて、そうそう居ないんじゃないですか?」
アイリスの答えを聞き、マクラレンはくしゃりと目尻に皺を寄せて笑いながらそう言った。
「そうでしょうか……私、先生とは絶対に戦いたくないです」
「ははっ、僕もです。でも、いつか君の本気を見てみたい気もしますね」
その言葉に、アイリスの心臓がドクンと跳ねた。
(本気を出していないことがバレている……本当に侮れないわ、この先生)
アイリスは『仮面の魔法師』の姿の時は、体外に放出する魔力量を『なかなかに強い魔法師』くらいに抑えている。魔法の実技の授業でも、かなり手を抜いていた。さらに言うと、師匠に魔力制御を教えてもらってから、本気で魔法を使ったことは一度もないのだ。
どうしてバレたのかはわからないが、実に都合の悪い話題なので、アイリスは話を逸らすことにした。
「あの、マクラレン先生。事情も聞かずに私を学校に置いてくださって、ありがとうございます」
「生徒を信じることも、教師の役目ですからね」
マクラレンは変わらずにこやかな表情でそう言うと、ふと人の気配に気づいたような素振りで後ろを振り返った。
「おや、君にお客さんのようですね。それでは、僕はこれで」
マクラレンはそう言い残すと、さっさとどこかへ行ってしまった。代わりに、廊下の奥からパタパタと足音が近づいてくる。
「アイビーさん!!」
声をかけてきたのはマーシャだった。アイリスの前で立ち止まると、膝に手をつきハアハアと息を切らしている。マーシャはしばらく息を整えた後、体を起こしてからアイリスに話しかけてきた。
「私のこと、評価してくださって、ありがとうございました……! アイリス王妃殿下に、私のこと推薦してくださっていたんですね……!」
「いえ、私は何も。全てはあなたの努力と才能の賜物です」
アイリスは、長身のマーシャを見上げながらそう声をかけた。アイリスの目に映る彼女の表情は、どこか晴れ晴れとしていた。
すると、アイリスの言葉にマーシャは首を横に振り、言葉を続ける。
「私……ずっと自分に自信がなかったんです。どんなに頑張っても、主席で卒業しても、父に認めてもらえず宮廷魔法師にもなれなくて……。自分には才能がないんだと、ずっと思ってました」
言葉を紡ぐマーシャの瞳は、力強くアイリスを捉えている。
「でも、あなたに才能があるって言われて、すごく嬉しかった。これからは、自信を持って研究を進めます!」
マーシャの顔には、今までに見せたことがない満面の笑みが浮かんでいた。俯きがちだったマーシャの背筋は、今はピンと伸びていて、最初に抱いた気弱な印象なんて全く感じなかった。
――あとがき――
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!
さて、第一章はここまでとなります。
ここからは、番外編が二話続いた後、すぐに第二章に入っていきます。
個人的には二章が一番気に入っているので、皆様に楽しんでいただけたら幸いです。
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