第27話 ケネディ・マクラレン
放課後、アイリスはまず図書室に行き、論文のタイトル一覧に再び目を通していた。ここにはかなりの量の論文が保管されているようで、昼休みでは一覧を見終えることができなかったのだ。
(それらしい論文はなさそうね……)
最新一ヶ月前のものまで全て目を通しても、魔法の無効化に繋がりそうな論文は見当たらなかった。魔法の無効化は研究としてはかなり評価されるはずなので、研究だけして公表しないというのは研究員が取る行動としてはあまり考えにくい。
アイリスは気を取り直し、昨日リザから聞いた研究員の元を尋ねることにした。
学校棟から研究棟に移動し、まずはグレネル教授の元に向かった。グレネル教授は魔族の魔法を研究しているらしく、魔法の無効化について知っている可能性があると考えたからだ。
目的地に向かって廊下を歩いていると、白衣を着た長身の若い男性に突然声をかけられた。
「そこの君!!! もしかしなくてもアイビーさんだね!? 良かった、ちょうど今会いに行こうとしてたんだよ!! さあさあ、来てくれたまえ!!!」
「え、あの、ちょっと!?」
強引に手を引かれて連れて行かれた先は、まさかの目的地であるグレネル教授の研究室だった。
研究室の扉をくぐると、そこはどうやら研究員の居室のようで、研究員のデスクと、中央にはテーブルとソファが置かれていた。奥の部屋には実験室があるらしい。
「さあさあ、座って座って!」
男性はにこやかにソファを勧めると、自分もドカッと腰掛けた。状況がイマイチ読めないが、アイリスもとりあえず向かいに座る。
「俺は魔族の魔法を研究してる、アーロン・フォックスだ。よろしく。あ、君の担任のケネディ・マクラレンとは、学生時代の同級生だよ」
『フォックス』という名前を聞いて、アイリスは昨日のリザの話を思い出した。フォックスは若手の中で優秀な研究員で、そう言えばグレネル教授のところで研究しているとリザが言っていた。
「あの、フォックスさん。ご用件は……?」
「君に頼みがあるんだ。君は魔族の魔法が使えると聞いてね。ぜひ、俺の研究に協力して欲しいんだ!」
「え!? 私がですか!?」
「ああ、ぜひ!!」
フォックスはその両目を少年の様に輝かせながら、アイリスの方へ身を乗り出してきた。アイリスはフォックスの勢いに押され、思わず身を引きたじろいだ。
「あの、ええと、私でよければご協力したいのは山々なんですが……今日はグレネル先生にお聞きしたいことがあって……」
「本当か!? 協力ありがとう! 今ボスは出張中でね、質問なら俺が聞くよ!! その後は早速だけど、実験の協力を頼む!!!」
(あ、圧がすごい…………)
アイリスが気圧されていると、扉から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「何してるんですか、フォックス?」
声の方に視線を向けると、扉にもたれかかり腕組みするマクラレンの姿があった。
「げっ。マクラレン……なんでここに……」
フォックスは、悪戯が見つかった子供のように顔を引き攣らせている。対してマクラレンは、呆れ顔で溜息をついていた。
「僕の生徒が連れ去られるところを見かけましてね……大丈夫ですか、アイビーさん。変なことされてませんか?」
「おい、人聞きの悪いこと言うな! 研究に協力してもらおうとお願いしてただけだ! 良いだろ、それくらい別に!」
言い返すフォックスに、マクラレンは眉を顰め、じとりとした視線を向ける。
「よくありませんよ。彼女はあくまで生徒です。学生の本分は、研究ではなく勉学ですよ」
「ぐっ……」
マクラレンの言葉にフォックスは勢いを削がれ、何も言い返せなくなってしまった。そして、フォックスに向けられていたマクラレンの視線が、今度はアイリスに向けられる。
「アイビーさん、今日はもう遅いので帰った方がいいですよ」
「は、はい……」
(フォックスさんに研究のことを聞きたかったけど、正直助かったわ……)
マクラレンが止めに入らなければ、アイリスの質問はほどほどに、あの勢いのまま研究の手伝いをさせられていただろう。
大人しくマクラレンについて行くことにし、アイリスは研究室を後にした。
(この際、マクラレン先生にギフトの力について聞いてみようかしら……。でも、一人で動かないって陛下と約束したし……)
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、前を歩くマクラレンから唐突に声をかけられた。
「なにか手掛かりは見つかりましたか?」
「え……?」
思いがけない言葉に、アイリスは一瞬息が止まりそうになった。自分の正体がバレている可能性が頭をよぎり、自然と表情が強張る。仮面を付けているおかげで、相手に気取られなかったのは幸いだった。
「君が入学したのは、ただ勉学に励むためだけではないんでしょう? 最近、学校関係者じゃない人をチラホラ見かけるんですが、君もその関係者ですよね?」
「部外者が紛れ込んでいること、ご存知だったんですね……」
「はい、流石に。見ればわかりますよ。まあ、たまにこういう事はあるので、慣れてますけどね。大抵の場合は、王城の関係者の人です」
アイリスは何と答えるのが正解なのか分からず、相手の出方を待った。すると、程なくしてマクラレンが立ち止まり、アイリスに振り向いて告げた。
「言っておきますが、僕は犯人じゃないですよ」
「――…………!!」
まさかの発言に、アイリスは言葉を詰まらせた。マクラレンの眼鏡の奥の瞳からは、いつものにこやかさが消えている。
「それは、どういう……」
「実はつい先日、やたらと怖い人に取り調べされましてねえ。何時間も拘束されちゃって……アリバイがあったので事なきを得ましたが、いやあ、ほんと参りました。それ以降も、度々話を聞かせろってうるさくて」
アイリスが何とか声を出して尋ねると、マクラレンはいつもの調子でニコニコと笑いながら説明した。
「どういう事件で調査しているのかは聞かされなかったんですが、どうやら僕のギフトの力を怪しんでいるようでした。最近この力は使ってないので、完全な冤罪なんですけどねえ……」
マクラレンは頭をかきながら困った様な表情をしている。アイリスはこの際、思い切ってマクラレンの能力について聞いてみることにした。
「先生のギフトって、どういう力なんですか……?」
「僕は、魔法の綻びを視認することができるんですよ。そこに自分の魔力を注ぎ込むと、その魔法を無力化することができます」
マクラレンは両手を白衣のポケットに突っ込みながら、なんて事ないようにそう言った。
もしマクラレンが発現時間の短い攻撃魔法すらも無効化できるなら、アイリスでもこの人に勝てるかどうかわからない。アイリスも攻撃魔法の無効化は出来なくはないが、それは詠唱が長く解析の時間が稼げる魔法に限ってのことだった。
この人に魔法で喧嘩を売るなという話は、どうやら本当らしい。
「魔法の綻び……初めて聞きました」
「僕が勝手にそう呼んでるだけですけどね」
(マクラレン先生の話からすると、結界を無効化するには、実際に近くで結界そのものを
一つの結論に至り、アイリスは仮面越しにマクラレンの双眸を見据えた。
「マクラレン先生、取り調べの件については、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。以降は先生に調査の手が及ばないようにいたします」
「えっ、いいんですか? ありがとうございます。それは助かります」
アイリスの言葉を聞いて、マクラレンはニコニコした表情で礼を言った。
ローレンの部下たちは、マクラレンのギフトの内容を聞いて犯人だと決めつけてしまったのだろう。有用な情報が一向に出てこない現状を考えれば、早合点してしまうのも仕方ないことだったのかもしれない。
しかし、これ以上罪のない人に無礼を働くわけにはいかない。帰って早々、ローレンに報告しなければならない案件だ。
そんなことを考えていると、マクラレンが穏やかな瞳でアイリスを見つめながら言葉を発した。
「アイビーさん。あなたが何者で、どんな目的でここに来たかは、この際聞きません。でも、君は僕の大切な生徒だということは、忘れないでください」
「え……?」
突然のマクラレンの言葉に、アイリスは思わず目を丸くした。彼の発言の意図が読めず、なんと言葉を返せば良いのかわからない。
「調査もいいですが、学生の本分を忘れずに、程々にすること。あまり危険なことはしないこと。困ったことがあれば、誰でもいいので先生に相談すること。いいですね?」
「は、はい……」
(――これは……心配してくれてるってこと……?)
教師という存在と今まで関わったことがなかったアイリスは、まさか自分が心配される立場にあるとは想像していなかった。教師と生徒というのは、ただ教え教わるだけの関係とばかり思っていたのだ。
「よろしい。では、また明日学校で」
マクラレンは、アイリスの返事に満足したようにニコリと笑うと、夕暮れの校舎の中に消えていった。
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