第28話 手掛かり


「はあぁーーーーー」


 アイリスは、学校の食堂でリザとエディと共に昼食を取りながら、大きな溜息をついていた。


 この一週間、放課後の時間を使って、リザから聞いたこの学校の有力者に色々と聞いて回ってみたが、これといった成果は得られなかった。ローレンに『この件は私に預けてくれ』なんて大口を叩いた割に、犯人の魔法師を炙り出せないままだ。


「アイビー、どうしたんですか? 何日も便秘が続いてるとか? 良い医者紹介しますよ」

「あ! さては恋の悩みね!? 何でも聞くわよ!!」

「エディ、そういうことは安易に聞いちゃだめよ。リザ、ご期待に添えず申し訳ないけれど、全然違うわ」


 大きく的外れな事を言う二人に、アイリスは疲れた表情を向けた。すると、リザが心配そうに仮面の奥の瞳を覗き込んでくる。


「だったらどうしたの? 悩みがあるなら聞くわよ?」

「大丈夫よ。ありがとう、リザ」


 二人に事情を話せば、快く協力してくれるだろう。しかし、犯人と接触して危険にさらされる可能性もあるため、元々二人を巻き込む気はなかった。


(とはいえ、魔法の無効化の力を持ってる人はマクラレン先生くらいで、目ぼしい研究論文も見当たらない……。この際、学校関係者全員に一人ずつ聞き込みしていくしかないのかしら……)


 一向に手掛かりが見つからず気持ちが沈むアイリスに、声をかけてくる人物がいた。


「おや、アイビー。ここにいたか。今少し良いかね?」

「ホーキング先生」


 声をかけてきたのは、校長のホーキングだった。手にはいくつかの紙束を持っている。


「君の論文、読ませてもらったよ。書いたのは今回が初めてかな?」

「!!」


 犯人探しに追われすっかり後回しになっていたが、仮面の魔法師としての実績作りもこの学校での重要な目的だ。入学以降は実績作りに時間が取れず、これといった成果を挙げられていなかったので、事前に論文を仕上げておいて正解だった。


「はい。書式などは過去の論文の見様見真似で、うまく書けているかわかりませんが……」

「いやいや、よく書けておったよ。書式を少し手直しするくらいで済みそうじゃ。内容は申し分なかったぞ。ペン入れした部分だけ修正したら、また持ってきなさい。論文を受理しよう」

「……ありがとうございます、ホーキング先生! 修正が終わったら、すぐにお持ちしますね!」


 そう言うと、ホーキングは二つの論文をアイリスに手渡し、その場を後にした。アイリスは受け取った論文をパラパラとめくると、所々に文字が書き込まれているのを確認した。修正箇所は多いが、致命的なミスはなさそうだ。


 まだ論文が正式に受理された訳ではないが、初めての仕事が認められたみたいで、アイリスは先程までの心の曇りが晴れたような気分だった。

 

「アイビー、論文書いたんですか!? 読みたいです!!」

「見せて見せて! 私も読みたい!!」


 エディとリザが目を輝かせながら、アイリスを見つめてくる。友人に自分の論文を見られるのは少し照れくさい気持ちがするが、興味を持ってくれることに嬉しさも感じた。


「二人ともありがとう。でもせっかくだから、正式に受理されたら読んでほしいな」

「じゃあ、論文が受理されたら教えて! 頑張って貸出予約して読むわ!」

「楽しみにしてますね! 『仮面の魔法師』が初めて書いた論文なら、予約も争奪戦でしょうね」


(ん? そういえば…………)


 アイリスは今の会話に引っかかりを覚えた。数秒考えて、浮かんできた疑問を口にする。


「ねえ……最新の論文って、どこにあるの……? そういえば、図書室には一ヶ月前までのものしか無かった気が……」


 アイリスは、図書室で見た論文の発行年月日を思い出していた。ここ一ヶ月は論文が出ていないものとばかり思っていたが、もしかしたら別の場所にあるのではないだろうか。


「ああ、最新一ヶ月分の図書や論文は、図書室じゃなくて研究棟の一室に置かれるんですよ。最新のものは、研究員がこぞって読みますから。もちろん学生も読めますけど」

「それだわ!!」


 エディの言葉を聞いてガタッと勢いよく席を立ったアイリスに、リザとエディは驚いた顔を向けた。


「ど、どうしたんですか!?」

「エディ、放課後でいいからその部屋、案内してくれない!?」

「もちろんいいですよ。――あ、先日言ってた『魔法の無効化』に関する論文、まだ探してるんですか?」

「そう。ダメ元で調べてみたいの……!」


 その後、やっと手掛かりが見つかるかもしれない興奮にはやる気持ちを抑えきれず、午後の授業に全く集中できないアイリスだった。




***




 待ちに待った放課後、アイリスは研究棟の一階にある一室に来ていた。リザは用事があったため、今日はエディがここまで案内をしてくれた。


 室内は、窓があるところを除いて壁一面が本棚になっていた。部屋の中心には、本を読むための机と椅子がいくつか置かれており、数人の研究員が熱心に書物を読んでいる。窓からは鮮やかなオレンジ色の夕日が差し込んでいた。


「お探しの論文、見つかるといいですね。本当はお手伝いしたかったんですが、この後予定があって」

「いいえ。ありがとう、エディ」


 エディと別れると、アイリスは本棚に並べられている論文に一つずつ目を通していく。

 過去一ヶ月分ということでさほど量もなく、アイリスは早々に目当ての論文に行き着くことができた。


「あった……!」


(タイトルは『魔法の効率的解析手法と反転魔法の構築について』――。受理されたのはつい先日ね。みんな知らない訳だわ。筆者の名前は……)


 論文に記された名前を見て、アイリスは思わず眉をひそめた。見知った名前に、心の奥がズキリと痛む。

 アイリスは一度目を瞑り、ひとつ息を吐いてから再び目を開けると、覚悟を決めたように論文から顔を上げた。


(まずは陛下に報告。処罰の内容は、私が決められることではないけれど……全ての事情が明らかになってから、陛下に相談しましょう)


 その後アイリスは、足早に夕暮れの学校を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る