第26話 調査開始!


 その日の晩、夕食を取ってから湯浴みを済ませると、アイリスは一気に疲労が押し寄せてくるのを感じた。気を張っていたのか、流石に疲れていたらしい。


 アイリスが夫婦の寝室に行きベッドに潜ると、ちょうど隣の部屋からローレンがやってきた。


「どうだった? 初登校は」

「はい、すごく楽しかったです! 友達もできましたし」

「そうか。それは良かった」

 

 そんな会話の後、ローレンはいつものように定位置で本を読み始めた。

 一応学校へ行った日は調査の進捗について報告しておこうと思い、アイリスはローレンに話しかけた。


「今日は学校の有力者についての情報を集めたので、明日からその人物を当たってみようかと思っています。あとは、過去の論文で魔法の無効化に関するものがないか調べようかと。本格的な調査は明日から行うつもりです」

「ああ、助かる。あまり無理はするなよ」


(陛下の部下を見かけたことは、言わないほうが良いのかな……信用、されてないのかな……)


 この国に来たばかりのときは、母国を出られた喜びが大きく、ローレンがどういう意図で自分と結婚したのかなんてどうでもいいと思っていた。しかし最近は、なぜかローレンの考えを知りたいと思うことが増えてしまったのだ。

 昨日のデートでも教えてもらえず、どうせ離婚するから気にしないでおこうと、自分に言い聞かせたばかりなのに。


 アイリスは今日のリザとの会話を思い出し、ふと思いつきで口を開いた。


「あの、陛下……」

「ん?」

「……………………」


(…………聞けない……『一粒ダイヤを贈る意味をご存知ですか?』なんて聞けない……!!)


 よくよく考えると、ものすごく恥ずかしいことを尋ねようとしていたことに気づく。深く考えずに口を開いたことを大きく後悔したアイリスは、誤魔化してさっさと寝ることにした。


「いえ……おやすみなさい、陛下」

「? ああ、おやすみ。アイリス」


 ローレンに怪訝な顔をされたが、気づかないふりをしてアイリスは眠る姿勢を取った。その後、程よい疲労が気持ち良い眠気を運んで来るのに、そう時間はかからなかった。




***




 翌日も登校したアイリスは、昼休みの時間を使って、リザとエディとともに図書室を訪れていた。魔法の無効化についての研究が進められていないか調査するために、論文が読める場所を教えてもらおうと思ったのだ。


「ここが論文コーナーよ。棚の端に論文のタイトル一覧が貼ってあるから、探し物があるならこれを見るのが早いかも」

「ありがとう、リザ。本も論文も、たくさんあるわね」


 学校の図書室には、王城の図書室とは比較にならないほど数多くの魔法書や論文が取り揃えられていた。アイリスが論文のタイトル一覧に目を滑らせていると、エディが顔をのぞかせながら尋ねてくる。


「何かお探しなんですか? 魔法書に関しては国内一の蔵書量ですから、きっと見つかると思いますよ」

「魔法を無効化するような研究が進められていないか、論文を探してて」


 二人に話すか迷ったが、昨日のリザからの情報によると、エディの父はアベルに仕えていると聞く。エディが結界を破った犯人である可能性は低そうだが、念の為カマをかけてみたのだ。


「ええっ!? 魔法の無効化なんて、僕ら魔法師からしたら商売上がったりじゃないですか!! 恐ろし!!」


 アイリスの言葉に、エディは眉を顰めてドン引きしている。この反応からすると、やはりエディは無関係だろう。そもそも寮生でもないエディが、わざわざ学校で目立つようなことをするとも思えない。結界の無効化がこの学校で行われたということは、教師や研究員、寮生といった、学校にいる時間が長い人物が犯人である可能性が高いとアイリスは見ていた。


「そんな研究やってる人がいたら、魔法師の中ですぐ話題になりそうじゃない? あ、でも、マクラレン先生のギフトが、そういう系の力だったわね……」

「「え!?」」


 リザの思いがけない一言に驚いたアイリスとエディが、同時に声を上げた。


 ギフトとは、魔力の高い人間が持つ特殊能力のことだ。ローレンやアイリスもギフトを有しており、その能力は個人によって異なる。


 すると、驚いた顔のエディがリザに詰め寄った。


「なんですかその情報! 初耳ですよ!!」

「え、結構有名な話だけど……。マクラレン先生が学生時代に上級生に喧嘩売られて、魔法を無効化するギフトを使ってボコボコにしたって聞いたわ。それ以降、マクラレン先生には魔法の喧嘩は絶対売るなって話が広まったんだって」

「相変わらず、リザはいったいどこからそういう情報を仕入れてくるんですか……」


 リザの情報網の広さに、エディは半ば呆れ顔でそう言った。


 一方アイリスは、思いがけない情報に心臓が早鐘を打っていた。魔法の無効化の研究がこの国でまだ行われていないのなら、今の話だけ聞くとマクラレンは限りなく黒に近い。


(これは……マクラレン先生に接触を図るしかないわね……)


 そう思った時、ローレンと交わした約束がアイリスの頭によぎった。

 以前ローレンとは、『結界を破った魔法師が誰かわかっても、決して一人で動かず、わかった時点で報告する』と約束していたのだ。過去に彼との約束を破った前科のあるアイリスは、今回ばかりは言いつけを守ろうと決めていた。


(仕方ない。今日は論文を調べつつ、放課後は研究員を当たってみて、マクラレン先生のことは帰ってから陛下にご報告しましょう)


 ここで昼休みの終わりを告げるチャイムの音が鳴り、三人は教室へと戻っていった。

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