第22話 突然のデートです


 ホーキングとの面接の後、制服や教材などの必要な荷物を受け取ったアイリスは、一度王城の自室に戻ってきていた。正式な入学は明日からなので、今日の予定は明日の初登校に向けて少々準備をするくらいだ。


 昼食を取った後、侍女のハリエットにお茶を入れてもらいながら自室で休んでいると、不意に扉を叩く音がした。続いて聞こえてきた声に、アイリスは思わず驚く。


「アイリス、いるか?」

「へ、陛下!? はい、どうぞ!」


 声の主はまさかのローレンだった。これまで彼が昼間にアイリスの自室を訪れることなどなかったため、何事だろうかと緊張してしまう。


 ローレンは公務の途中で抜け出してきたのか、美しい白のマントを羽織っていた。マントの下には濃紺の軍服を身に纏っており、膝から下は黒いブーツに覆われている。

 公務中の姿を見る機会はそう多くないので、ローレンの見事な着こなしにアイリスは思わず見とれてしまった。


 ローレンはというと、座る素振りも見せず、立ったままアイリスに要件を告げた。


「アイリス、このあと空いているか?」

「え? はい、特に決まった予定はございませんが……」

「では、城下に行くぞ。俺は自室にいるから、支度が終わったら声をかけてくれ。非公式の外出だから、畏まった格好でなくて良い」

「へっ!?」


 ローレンの突然の誘いに驚きすぎて、アイリスの声がつい裏返る。一方のローレンは、アイリスの返事を待たず、さっさと部屋を出ていってしまった。


 残されたアイリスがポカンと口を開けていると、ハリエットから声がかかる。


「アイリス様。すぐにお支度をいたしましょう。最高に可愛く仕上げますので、私にお任せを」


 いつもクールなハリエットの瞳が、今はなんだか爛々と輝いている。


「ハ、ハリエット……? そんなに気合を入れなくていいのよ……? 陛下も畏まった格好でなくて良いと仰っていたし……」

「アイリス様、これは陛下との初デートでございます。いま気合を入れなくてどうします!」


 ハリエットは両手を腰に当てながら、ピシャリとアイリスに言い放った。

 アイリスはハリエットの『デート』という言葉に、思わず顔が熱くなってしまった。もちろんアイリスは、今までの人生で一度もデートなどしたことがない。


「ね、ねえ。ハリエット……。デートって何をしたら良いの……?」

「アイリス様はただ、心のままに楽しまれたら良いのですよ」


 ハリエットはにこやかに微笑みながらそう答えると、そのまま上機嫌にアイリスの髪を手際よく結っていくのだった。




***




 一時間後、アイリスは城下町の大通りを歩いていた。


 ハリエットに身支度を手伝ってもらったアイリスは、裾がふわりと広がったミントグリーンのドレスを身に纏っていた。魔法で茶色に染めた髪は、一本の緩い三つ編みにまとめられ片側に流しており、頭には白い帽子を被っている。

 新緑の季節に映える可愛らしい装いで、ハリエットのセンスには称賛しかないのだが、普段しなれない格好にアイリスはソワソワしてしまう。


 歩きながら隣を見上げると、そこにはローレンの美しい横顔があった。先程の重厚な装いとは打って変わって、白いシャツに紺のスラックスという非常にシンプルな格好だ。しかし、そのシンプルさ故に、ローレンの素材の良さが全面に押し出されている。腰のベルトには、ローレンがいつも愛用している剣が差されていた。


 お互いあまり変装らしい変装はしていないが、出かける前にアイリスが『視線除け』の魔法を施したので問題はないだろう。他者から注目されにくくなる便利な魔法で、レオンと城下に行った際にも使っていたものだ。

 ローレンの護衛騎士も何人かついて来てくれているが、目立たないよう影から見守ってくれている。

 

 アイリスは、隣を歩く容姿端麗な青年を見上げていると、ハリエットが放った『デート』という言葉がつい頭によぎってしまった。再び顔が熱くなるのを感じ、ローレンに気づかれないよう、バッと下を向く。


 しばらくそのまま歩いていたが、緊張と恥ずかしさが相まって沈黙に耐えられなくなり、アイリスは思わず口を開いた。


「あの、陛下……本日はどういったご要件で……?」


 なぜ城下に誘われたのか皆目見当がつかないアイリスは、恐る恐るローレンを見上げながら尋ねた。


 すると、ローレンのスラリと伸びた人差し指が、突然アイリスの唇に当てられた。アイリスは驚いて思わず目を丸くする。


「その呼び名は流石にまずい。名前で呼んでくれ」


 いつもの癖で『陛下』と呼んでしまっていた事を指摘され、アイリスは慌てて謝罪する。


「し、失礼いたしました。では……ローレン……さま」


 アイリスは『ローレン』と口に出してから、今まで名前で呼んだことがほとんどなかったことに気づき、気恥ずかしさで赤面してしまった。


 一方のローレンは、その呼び方に満足したようで、ニヤリと笑うとアイリスの最初の問いに答えてくれた。

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