第21話 いざ、面接へ!


 爽やかな風が吹き抜ける、新緑の季節。とうとうアイリスは、ヴァーリア魔法学校への入学試験に訪れていた。どこまでも広がる雲一つない空に、アイリスは思わず深呼吸をする。


(いよいよね……!!)


 待ちに待ったこの日に、アイリスは高鳴る鼓動を抑えられなかった。もちろん魔法師の調査が最優先だが、学校という憧れの場所に思わず胸が踊ってしまう。


 王城の北西に位置するヴァーリア魔法学校は、馬車だと王城から片道一時間程度で到着する。しかし、王城から仮面とローブを纏って馬車に乗り込むのはあまりにも目立つので、アイリスは学校の近くまで転移魔法で移動し、そこから歩いて学校まで向かっていた。

 馬車の中で『仮面の魔法師』の格好に着替えるという手もあったが、万が一尾行されるようなことなどがあった場合に面倒なのでやめておいた。


 アイリスが学校の門の前に到着すると、入口に立っていた白衣の女性に声をかけられた。


「お待ちしておりました、『仮面の魔法師』様。初めまして。本日案内を担当する、研究員のマーシャ・ルーズヴェルトと申します」


 赤毛の髪に茶色の瞳をした彼女は、女性としては身長が高く、アイリスが見上げる必要があるほどだった。垂れた目尻と俯きがちな姿勢が、気弱そうな印象を与えている。


(どこかで会ったことがあるような……)

 

 アイリスは記憶を呼び起こすが、すぐには思い出せそうになかった。一旦この疑問を頭の隅に追いやり、アイリスは『仮面の魔法師』としての仮の名前を名乗った。


「初めまして、ルーズヴェルトさん。私のことはアイビーとお呼びください。様も不要です」

「わかりました、アイビーさん。私のこともマーシャで構いません」

「はい、ではマーシャさんと」


 マーシャに連れられ厳かな門をくぐると、中央に長く伸びる歩道の先に、尖った屋根の大きな建物が見えた。正面の建物の両隣には、それよりもやや小さな建物が対になって並んでいる。いずれの建物も、深緑色の屋根にアイボリーの壁で統一されていた。歩道の両脇は緑に溢れ、様々な草木が生き生きと育っている。


 マーシャはアイリスを連れて歩道を歩きながら、各建物の説明をしてくれた。

 

「正面の一番大きな建物が学校棟、右手が研究棟、左手が教員棟です。ここからは見えませんが、正面の更に奥には、生徒や職員、研究員が住む寮があります。各建物は各階にある渡り廊下でつながっていて、学校棟には教室や実習室の他、食堂や図書室もあります」


 マーシャの説明を聴きながら、初めて踏み入れた学校という場所に、アイリスの視線は忙しなく動き回っていた。


「すごく広いですね……! マーシャさんは、いつも研究棟に?」

「ええ、普段は。ですが、たまに講義を受け持つこともあります」

「そうなんですね!」


 そうこうしているうちに、二人は正面にある学校棟の入口に辿り着いた。この時間帯は授業中なのか、校外に人の姿は見当たらない。


「本当は学校棟の中も案内したいんですが、アイビーさんは有名人で目立ってしまうので、また今度に。今日は直接教員棟に行きましょう。校長がお待ちです」


 学校棟の中もくまなく探索したかったアイリスは、残念に思いながらも大人しくマーシャについて行った。

 マーシャに連れられ教員棟に入ると、数人の教員らしき人物とすれ違った。興奮して話しかけてくる者や、ジロジロと見定めるような視線を向ける者、驚いた表情で固まる者など、反応は様々だったが、一貫して『仮面の魔法師』の来訪に浮き足立っているようだった。


 一階の廊下は、外に生えている木々によって窓からの光が遮られており、やや薄暗い印象だ。半円状の天井には照明が点々と灯っており、白い壁を照らしている。

 階段で最上階の三階まで登ると、突き当たりの部屋へと案内された。


「それでは私はこれで。面接、頑張ってください」

「はい。案内していただきありがとうございました」


 そうしてマーシャと別れると、アイリスは校長室の扉に向き直り、ふう、と一つ息を吐いてからノックした。


「面接に参りました、アイビーと申します」

「どうぞ、お入りなさい」


 中からは、優しそうな老人の声が聞こえてきた。

 扉を開き中に入ると、正面奥の窓際のデスクに、白髪に白い髭を蓄えた眼鏡の男性が座っていた。部屋はなかなかに広いが、壁の両面が本棚に覆われていて、やや圧迫感がある。部屋の中央には、ソファとテーブル一式が置かれていた。


 すると眼鏡の老人は、微笑みながらアイリスに向け挨拶の言葉を述べた。


「やあ。初めまして、アイビー。ワシは校長のワトキン・ホーキングじゃ。会えてとても嬉しいよ」

「初めまして、ホーキング先生。この度は入学試験の場を設けていただき、ありがとうございます」

「いやいや。君のような優秀な魔法師の入学希望を断るなんぞ、我が校にとって甚大なる損失じゃからのう。どうぞ、かけたまえ」


 ホーキングはそう言うとデスクから立ち上がり、中央のソファに移った。アイリスもホーキングの向かいに腰掛ける。


 ホーキングと向き合うと、アイリスは目を凝らし、仮面越しに彼の魔力を観察した。


(この方、相当の手練れだわ。魔力が洗練されていて隙がないし、魔力量もかなりのものね)


 相手の実力を分析していると、ホーキンスは変わらず微笑みながらアイリスに話しかけてきた。


「ワシの魔力は、『仮面の魔法師』殿のお眼鏡にかなうかな?」

「あっ、いえ、すみません……! つい癖で……」

「構わん構わん。むしろ実戦では、相手の力量を測るのは非常に重要なことじゃ」


 アイリスの無礼な行いを、ホーキングは笑って許してくれた。ホーキングは、あまり礼式にこだわらない、温和な人物のようだ。


「さて、君は研究者ではなく、生徒志望だったかな?」

「はい」


 はっきりと答えるアイリスに、ホーキングは立派な白髭を撫で付けながら続けた。


「じゃが、良いのかのう? 授業は君にとってはつまらんものかもしれん。君であれば、研究員や、もはや教師としてでも歓迎するが」

「いいえ、私も体系立って魔法を学んだわけではないので、一度きちんと勉強してみたかったんです」


 アイリスの回答を聞いて、ホーキングはニコリと笑うと、首をゆっくり縦に振った。


「そうか、わかった。では、生徒として入学を許可しよう。明日から一年生のクラスに配属じゃ」

「ほんとですか!? ありがとうございます!!」


(こんなにあっさり……! 面接というより面談だったわね)


 ローレンから『簡単な面接だけ』とは聞いていたが、想像以上にあっさりと入学が許可され、拍子抜けしてしまった。だが、待ち望んだ学校生活の始まりに、アイリスの胸が高鳴る。


「毎日通うのは難しいと聞いているが、全ての授業を受けなくとも問題ないでな。年に一度の進級テストに受かれば、次の学年に上がれる仕組みになっておるから、授業は興味があるものを好きに受けると良い」

「わかりました」


 妃の公務やその他にやるべきこともあるので、毎日学校に顔を出さなくて良いのはありがたい。とは言え、魔法師の調査のこともあるので、最初のうちは頻繁に通うつもりだ。


「入学するにあたって、何か質問はあるかな?」

「ホーキング先生、論文の査読をお願いしたいのですが、この学校で受けていただけますか?」

「もちろんじゃ。もし今持ってるなら預ろうかの?」

「はい、お願いします。二報お持ちしました」


 アイリスは足元に置いてあった鞄から二つの紙束を取り出し、ホーキングに手渡した。彼はそれを受け取ると、興味深そうにパラパラと紙束をめくり始めた。


「ほうほう……魔力使用の効率化についてと、複数魔法使用時の魔力安定化についてか……実に面白い。じっくり読ませてもらおう」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 ホーキングは一旦論文をテーブルの上に置くと、視線をアイリスに戻してから質問を投げかけてきた。


「最後に、アイビー。君にとって魔法とは何かな?」


 予想外の問いに、アイリスは少し固まってしまった。ホーキングは、どこかアイリスを見定めるような視線を送っているようにも見える。この質問が本当の面接なのかもしれないと、アイリスは直感的にそう思った。


(魔法とは何か……考えたこともなかったわ……。師匠との繋がり、私を守るもの、誰かを助けるためのもの――)


 アイリスが考えを巡らせていると、ふと一人の青年の顔が思い浮かんだ。美しく輝く金色の髪に、海のような碧い瞳をした彼――。アイリスの魔法を褒めてくれた、彼の言葉を思い出す。


 そして、アイリスは視線をホーキングに戻し、はっきりとした声でこう答えた。


「魔法は、私に自信と勇気を与えてくれる力です」


 ホーキングはその回答に満足したのか、髭を撫でながらニコリと笑った。


「そうか、よろしい。では改めて、ヴァーリア魔法学校への入学おめでとう、アイビー。学校生活を存分に楽しみたまえ」

「はい! ありがとうございます!!」


 こうして、アイリスの学校生活の幕が開けた。

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