第16話 良い考えを思いつきました


 アイリスは一つひとつの事柄を整理しながら、何か見落としがないか考える。大勢の魔法師の中から犯人を見つけ出す手掛かり――。


(というかそもそも……!)


 アイリスはハッと気づいたように顔を上げ、ローレンに進言する。


「……この遠距離で結界を解析して無効化するなんて、並の魔法師の仕業じゃありません。魔法学校の関係者と言えど、実行できる者は限られてきます……! 学校の有力者を中心に調査すれば、犯人に辿り着けるかもしれません!!」


 魔法の解析というのは、対象からの距離が離れれば離れるほど難しく、精度も落ちる。さらに、遠隔で魔法を無効化するには、かなり高い技術が必要だ。ヴァーリア魔法学校は王都にあるといえど、王城からはそれなりに距離がある。ここまでの芸当ができるのは、数えるほどしかいないはずだ。


「わかった。ではこちらで学校内部を調査しておく。表立って調べると相手も警戒して尻尾を出さない可能性があるから、この件は誰にも話さないように。いいな?」


 ローレンはアイリスにそう告げると、寝台に戻ろうとする。

 しかしその時、アイリスはふと素敵なアイデアを思いつき、ローレンに向かって『はい』と片手を挙げた。


「陛下、私ここに入学します」

「は?」


 アイリスの突然の宣言に、ローレンは思いっきり眉をひそめながらこちらを振り返った。


「調査するには、実際に学校の関係者として潜り込む方が、怪しまれないと思うんです。もちろん身分は隠して、仮面の魔法師として潜入します! 学校で名を挙げれば仮面の魔法師としての実績作りもできて、一石二鳥かと!!」

「…………………………」


 目を輝かせながら意気揚々と話すアイリスに、ローレンは立ち尽くしたまま、この上なく微妙な顔を向けていた。


「却下だ。危険すぎる」

「もし誰かに襲われても、相手が魔法師なら負ける気がしません! 陛下も以前、私の魔法は人族の中では極致にあると仰っていましたよね?」

「…………そもそも入学試験がある。いくら王族とはいえ、あの学校は厳正で、裏口入学はできない」

「私の魔法の知識と技術があれば余裕では? 試験が無理なら、生徒ではなく研究員や講師という形でも構いません!!」

「……………………」


 アイリスの圧に押され、とうとうローレンは口をつぐんでしまった。しばらく睨み合いが続いた後、ローレンは手で額を抑え、諦めたように大きな溜息をついた。


「わかった。入学試験に受かれば許可しよう。学校には話を通しておく」

「……!! ありがとうございます、陛下!!」


 アイリスは、ルビーのような緋色の瞳をキラキラと輝かせながら、ローレンに礼を言った。嬉しくて思わず顔が綻んでしまう。


「お前……なにか楽しんでないか?」

「だって学校ですよ!? 絶対楽しいじゃないですか!! 私、昔から行ってみたかったんです!!」


 ローレンは、それが本音かと言わんばかりに、じとりとアイリスを見遣る。思わず本音が漏れてしまいハッとしたアイリスは、軽く咳払いをする。


「も、もちろん調査が最優先です。楽しむつもりなんて全くないですよ? 仮面の魔法師としての実績も作らないといけませんし」


 アイリスがしかつめらしい顔で言い訳を述べていると、ローレンは耐えかねたようにふっと笑いを漏らした。


「ふっ、くく。そんなに学校に行きたかったのか。早く言えば叶えてやれたものを。いい、どうせ行くなら楽しんで来い」

「す、すみません……でも調査に協力したいのは本心なんです……」

「ああ、わかっている」


 気まずさと恥ずかしさで俯くアイリスの頭を、ローレンがポンポンと叩き、『もう寝よう』と言ってアイリスを寝台に促した。そしてローレンと共に寝台に入ると、彼が明かりを消してくれた。


 しかしアイリスは、まだ合格もしていないのに、初めての学校に胸が高鳴りしばらく眠れそうになかった。母国にいた頃は、もちろん学校なんて行かせてはもらえなかったため、ワクワクが止まらない。


 ローレンの睡眠の邪魔をするわけにはいかないので、しばらくベッドの中で眠気が来るのを待っていると、ローレンから声がかけられた。どうやら起きているのがバレたらしい。


「そんなに楽しみか?」

「す、すみません、陛下は先におやすみください」

「いや、眠くなるまで少し付き合おう」


 衣擦れの音と共に、ローレンがアイリスの方を向くのがわかった。それに倣い、アイリスもローレンの方に体を向ける。月明かりのない中では、お互いの表情はよく見えなかった。


「陛下は学校に通われたことは?」

「王家の慣例で、昨年まで貴族学校に通っていた」

「へえ……! 素敵ですね」

「いや、そうでもない。周りは俺に取り入ろうとするか、嫉妬の目を向けるか、そういう奴らばかりだった」


 ローレンは、嫌なものを思い出したような苦々しい声でそう言った。『嘘を見抜く力』を持つローレンにとっては、学校という場所は苦痛を感じるだけのものだったのかもしれない。でも――――。


「私は、陛下と一緒に学校に通ってみたかったです。一緒に勉強して、お昼ご飯を食べて、帰りはどこかに寄り道して……きっと……きっと楽しいです」

「……確かにそれは楽しそうだ」


 返ってきたローレンの声には先程までの険しさはなく、とても穏やかなものに聞こえた。暗闇の中で少し微笑んでいる――そんな気がした。


「学校に行ったら、何をしてみたいんだ?」

「お友達を作ってみたいです。あとはもちろん勉強も。今までちゃんと学問を習ったことがないので」

「そうか。それなら尚更、試験に合格しないとな」

「はい……必ず受かってみせます」


 ローレンとの静かな会話のおかげで、アイリスの胸の高鳴りはようやく落ち着き、代わりに眠りの波が押し寄せてきた。


「お付き合いいただいて、ありがとうございました……陛下……おやすみなさい……」

「ああ、おやすみ、アイリス」


 ローレンの心地良い声に耳を傾けながら、アイリスは重たい瞼を閉じた。

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