第14話 お土産の反応は
ローレンの執務室を出たアイリスは、自室で少し休んだ後、夕食までの間図書室で魔法の本を調べていた。
その後、寝支度を済ませてから夫婦の寝室に向かうと、そこにはまだローレンの姿はなかった。今日はアイリスの方が早かったようだ。
アイリスは自分の枕元に座りながら、手に持っていた小包を見つめる。城下で買ったローレンへのお土産だ。
(気に入ってもらえるかしら……なんだか緊張してきたわ)
アイリスにとって、誰かに贈り物をするなんて初めてのことだった。緊張を紛らわせるため、ローレンが来るまで図書室で借りた本でも読むことにした。
そしてしばらく経った後、扉を叩く音がし、ローレンが寝室に入ってきた。アイリスは本を袖机に置き、彼に声をかける。
「陛下。本日もご公務お疲れ様でした」
「ああ。まだ寝ていなかったんだな」
「お土産渡したくて。これ、よければお使いください」
いつものように枕元に座ったローレンに、アイリスは綺麗に包装された小包を手渡した。
ローレンは小包を受け取ると、長く美しい指で丁寧に封を開けていく。中から出てきたのは、手のひらほどの大きさの薄い金の板だった。切り絵のように所々穴が開いており、この国の紋章である獅子の意匠が
「栞か」
「いつも本を読んでらっしゃるので、どうかと思いまして」
「気に入った。大切に使う。ありがとう、アイリス」
ローレンはそう言いながら、穏やかな瞳をアイリスに向けた。その美しい瞳に、目を奪われる。
誰かに贈り物をすることも、相手がそれを喜んでくれることも――全てが初めてのことで、アイリスはどういう表情をしていいかわからなかった。胸の奥がきゅっと苦しくなるような、でも温かくなるような、不思議な感覚がした。
「……気に入っていただけて、何よりです」
アイリスは少し俯きながらそう答えた。今はなんだか、表情を見られたくなかったのだ。
その後、アイリスはベッドに横たわり、ローレンは隣で座って本を読み始めた。このところ、寝る前にこの状態で二人で話すことが日課になっている。
ローレンは本を読みながら、日中言っていた『他に聞きたいこと』を口にする。
「お前は防御魔法の他に、どの程度の魔法が使えるんだ?」
「どの程度……?」
アイリスは首を傾げ、ローレンに問い返す。
「この国の魔法師は、戦闘に最低限必要な防御魔法などの基礎を習得した後、一つの属性を極めるのが一般的だ。二属性を修められる者はそう多くない。三属性ともなれば国の中でも一握りだ」
「そ、そうだったんですね……」
図書室で魔法書を調べたおかげで人族の魔法の範囲や概要は知れたものの、そういった一般常識はまだまだ抜け落ちているようだった。
「ちなみに陛下は?」
「四種類だな」
「十分化け物じゃないですか!!」
「お前にだけは言われたくない。で、お前はどの程度使えるんだ?」
アイリスは図書室で調べた魔法の属性分けを思い出しながら、使えない属性が無かったか考える。が、思い当たるものは見つからなかった。
「えーと……一通りは扱えますね……」
「お前のほうが化け物だろう」
目を眇めながらアイリスを見遣るローレンに、なんとか言い返さなければと言葉を探す。化け物発言は撤回していただきたい。
「で、でも、私は剣や体術はからきしですよ。いざという時のために体を鍛えろと、よく師匠にも怒られましたし」
「普通の人間はそこまで魔法が使えるなら、剣や体術を身につけようとは思わないだろう。人族の中では、お前の魔法は極致にあると言っていい」
(私なんて、師匠の足元にも及ばないのにな……)
そんなことを思いつつ、これ以上反論しても良いことはなさそうだったので、アイリスは話題を変えた。
「あ、そういえば、王都の結界を張り直そうかと考えているのですが、いかがでしょう? レオンに聞いたんですが、最近王都で魔物の出現が頻繁に起きているのは、結界が古くなっているせいだと聞きました」
「その件か。いくら古くなっているとはいえ、あと数十年は効力がある。まだ調査中だが、魔物の出現が半年ほど前から急激に増加していることから考えると、結界の老朽化とは別の原因があると見ている」
「そうなんですね……少し調べてみても? 時間はかかりますが、結界を解析するくらいならできますので」
「……ああ。こちらでも調査は進めているから、深追いはしなくて良い。なにかわかったら教えてくれ」
「はい」
(綻びが出ている箇所だけ、重点的に調べてみようかしら)
王都を守護するほどの結界ならば、全てを解析するには相当な時間を要するだろう。要点を絞ってやらないと、先にローレンの調査が終わってしまいそうだ。
王都の結界解析を明日からの予定に組み込もうと考えていると、ローレンが再び尋ねてきた。
「そういえば、レオンにはお前の力のことは話したのか? 城下で一緒だっただろう」
「はい。元々レオンには早々に打ち明けようと思っていました。行動を共にすることが多い専属護衛に対して、ずっと秘密を隠し通すのは難しそうだったので」
「ああ、その辺りはお前の判断に任せる。その代わり、力を公にする場合は事前に一言相談してくれ」
「わかりました」
アイリスが本を読んでいるローレンを見上げると、伏し目がちな瞳に長いまつ毛が影を落としていた。その瞳が、ふとアイリスに向けられる。
「――あと、いずれ力を公にした時、万が一アトラス王家が『黒髪緋眼』を取り返そうと動いても、お前を奪わせるような真似は絶対にさせない。だから、お前はお前の好きなように動け」
「…………!」
唐突な言葉に、アイリスは目を大きく見開き驚いた。ローレンの力強い言葉に、だんだんと胸の奥が熱くなるのを感じる。
「ありがとうございます。……王妃として、一生懸命頑張りますね」
「別に頑張らなくてもいい。お前がやりたいように、自由にすればそれでいい」
アイリスは今まで、自由に生きられたことがなかった。自分の行動も、自分の感情さえも、自由にすることは許されなかった。だからこそ、自由を与えてくれるローレンの言葉が本当にありがたい。
「――お前ほどの能力があれば、力づくでこの国から出ることもできるだろう。なぜそうしない?」
不意にローレンから出た言葉は、いつもよりどこか弱々しく聞こえた。表情も、わずかに憂いを帯びているように感じる。普段見ないローレンの姿に戸惑いつつ、アイリスは本心を告げた。
「私は、陛下が思っているよりも、ずっとあなたに恩義を感じているんですよ。陛下との結婚がなかったら、私は一生あの国に囚われたままでした。だから、少しくらいその御恩に報いたいんです」
アイリスはローレンの瞳をじっと見つめる。この気持ちがちゃんと伝わるように、願いを込めて。
「……そうか。少し話しすぎたな、もう休め」
「はい、おやすみなさい、陛下」
アイリスは上掛けを肩までかけ目を閉じるも、ローレンのどこか苦しそうな表情がしばらく脳裏から離れなかった。
しばらくして、アイリスの小さな寝息が聞こえてきた。シーツの上には、艷やかな美しい黒髪が広がっている。アイリスの白い肌は、漆黒に近い黒髪とのコントラストでより一層際立って見えた。
ローレンは静かに眠るアイリスの頭をなでながら、ぽつりと言葉をこぼした。
「お前に恩義を感じてもらえるようなことは何もしていない。――俺に、そんな資格はない」
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