第12話 計画開始
「レッドウルフだ! みんな逃げろ!!」
「怪我人がいる! 誰か運ぶのを手伝ってくれ!!」
「早く衛兵を呼んでちょうだい!!」
先程までの楽しげな賑わいが、人々の叫び声に変わる。
(レッドウルフ!? 王都に魔物が? まさか転移してきた!?)
魔物は基本的に、魔族の治める領地や、魔族と人族の国境沿いに生息していることが多い。が、たまに突如として人族の土地に現れることがある。
魔族が転移魔法で魔物を飛ばしてくるだの、魔物が自分で転移して来るだの諸説あるが、詳しい原因はわかっていない。アイリスの母国でも、たまにある現象だった。
(でも、やることは一つね。どうせなら派手にいきましょう)
「アイリス様、ひとまず安全なところへ避難を。その後に魔物の討伐に向かいます」
「レオン、こっちへ」
「え!? ちょっと!?」
アイリスはレオンの手を取ると、驚くレオンをよそに路地裏へと入っていく。人目がないことを確認した後、アイリスはレオンに短く指示を出した。
「レオン、先程買った仮面とローブをちょうだい。あと、ここから動いちゃだめよ」
レオンから買いたての仮面とローブを受け取り身に着けると、アイリスは何もないところから杖を出現させた。杖は普段王城の自室に置いてあるのだが、転移魔法でいつでも手元に取り出すことができるのだ。
「アイリス様……!? その杖はどこから!? というか何するつもりで……」
「後で説明するわ! 少しここで待ってて!」
アイリスはレオンへの説明を後回しにし、ふわりと屋根の高さまで体を浮かせると、悲鳴のする方向へと飛行する。中央の噴水広場まで来ると、炎をまとった狼型の魔物が人々に襲いかかっているのが目に留まった。
(レッドウルフが七体ね。まずは拘束して、これ以上の被害を抑える……!)
杖をレッドウルフに向け、アイリスは詠唱を唱えた。
「《水よ、彼の者を捕らえよ》」
すると、大きな七つの水球が、一体ずつレッドウルフを包みこんだ。レッドウルフが水球の中でもがくも、そこから出られる様子はない。
(拘束は完了。よし、一発で仕留める……!)
アイリスは意識を集中させ、七つの
「《
アイリスが杖を振り下ろしながら短く唱えると、礫がレッドウルフに向かって物凄いスピードで飛び出していく。そして、それぞれの礫がレッドウルフの頭蓋を的確に射抜き、七体全ての動きが止まった。
(よし、討伐は完了したわね。あとは怪我人の手当をしないと)
「《光よ、彼らに癒やしの雨を》」
アイリスが詠唱とともに杖を天に掲げると、光の粒が降り注ぎ、広場にうずくまっていた人々の傷をみるみるうちに治していく。怪我人や駆けつけた衛兵は、信じられないという顔で、突如上空に現れた仮面の魔法師を見上げている。
(みんな怪我は治ったみたいだし、これくらいで十分ね。仮面の魔法師が魔物を倒し民を癒やした、くらいの噂が立ってくれれば上々よ)
アイリスは万が一誰かに追跡されないよう、自分の体に不可視の光をまとわせ人々から姿が見えないようにすると、レオンが待つ路地裏へと戻っていった。周囲に人目がないことを確認してから、ローブと仮面を外し杖と共に仕舞うと、身にまとっていた不可視の光を消す。
レオンはというと、路地裏から少し出た大通りに立ち尽くしていた。どうやら一部始終を見ていたようだ。アイリスはレオンの元に向かい、声をかけた。
「レオン、待っててくれてありがとう。怪我はないわね?」
「はい、俺は全く……。アイリス様……さっきのは一体……?」
レオンは、目の前の出来事が信じられないという風に目を見開いている。"愚鈍で無能な氷姫" が突然魔法を使ったのだから、驚くのも無理はない。
アイリスは再びレオンを人目のない路地裏に連れていくと、事態の説明を行うことにした。真剣な眼差しでレオンを見据え、少し畏まった口調で告げる。
「レオン、私が魔法を使えるということは、他言無用でお願いします。私はとある理由から、魔法の力を隠してこの国に嫁いで来ました。このことは陛下しかご存知ありません」
「…………!! てことは、本物の『黒髪緋眼』!?」
「はい。しばらくは人前で魔法を使うときは、この仮面を付けて私本人だとバレないようにするつもりです。この仮面を付けているときは、レオンも私を王妃として扱ってはいけません。いいですね?」
「は。承知しました。では、その際は俺も変装して護衛します」
レオンも真剣な表情でアイリスに返事をしてくれた。忠誠心の強いこの青年は、きっとむやみに他言するようなことはしないだろう。アイリスは表情を緩め、穏やかな雰囲気に戻しながら話を続けた。
「ありがとう。専属護衛であるレオンには隠し続けるのが難しいと思っていたから、説明の手間が省けて良かったわ」
「……見事な魔法でした。アイリス様を超える魔法師はこの国にいませんよ……!」
「ふふっ、褒めすぎよ」
「本当です! 浮遊魔法に全体回復魔法、それに魔物を倒したときの魔法操作の精密さ! あと最後の消える魔法はなんですか!?」
レオンは先程の光景を思い出したように、興奮気味にアイリスに詰め寄ってくる。
「お、落ち着いてレオン。どれも基本魔法かその応用で、それほど大したものではないわ」
アイリスは苦笑しながら答えつつ、魔物に関して気になっていたことをレオンに問いかけた。
「レオン、王都にも魔物はよく転移してくるの?」
「そうですね……王都に張られた結界のおかげもあって、前は数年に一回くらいだったんですが……半年くらい前から、頻繁に現れるようになりましたね。結界の力が弱まっているせいだって噂もあります。何しろ随分昔に施されたものらしく」
「そうなの……ありがとう、レオン」
(すぐに結界を張り直したいところだけど、流石に許可もなくやるわけにはいかないわよね……)
アイリスは現状何もできないことに歯がゆさを覚えつつ、王都全体の守護に関わる結界を勝手にいじるわけにはいかないと、ひとまず諦めて再び帰路に着いた。
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