第11話 城下にお出かけします
「……というわけで、陛下の説得に失敗しました……。ごめんなさい、レオン」
翌朝は、まずレオンに謝罪するところから始まった。敬愛する主君に仕えられないという現実に、レオンはあからさまにしょんぼりした顔になる。
「そう、ですか……やっぱり何か気に障ることをしちゃったんでしょうかね……」
「い、いえ! 決してそうではありません! 陛下は、レオンには視野を広げて欲しいと仰っていましたよ! むしろ期待の裏返しかと!!」
消え入りそうに俯くレオンを見て、アイリスは懸命に元気づけようとする。
「そう……なんですか?」
「はい! いずれ陛下の元に戻れるよう私からも進言を続けますので、あまり落ち込まないでください」
「本当ですか……! ありがとうございます、アイリス様!」
目をキラキラと輝かせながらパァッと表情を明るくしたレオンを見て、アイリスは少しホッとした。レオンの希望を叶えてあげられなかったことを、申し訳なく感じていたからだ。
「ではしばらくの間、護衛をよろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いします! あと敬語はやめてください。仕える人に畏まられると、なんだかむず痒くて。気楽に接してもらえると助かります」
「わかったわ。レオンも人目のないところでは、そんなに畏まらなくていいからね。歳も近いみたいだし、気軽に接して」
「わかりました!」
アイリスとレオンは改めて挨拶を交わした。レオンの表情はにこやかで、初めて会った時の
「それで、今日はお忍びで城下に行きたいのだけれど、付いてきてもらえるかしら? 陛下の許可はもう取ってあるわ」
「もちろん! 案内しますね」
こうしてアイリスはレオンを連れ、早速城下に繰り出すのだった。
***
「見て、レオン! きれいなお花が売ってるわ! あっちには美味しそうな果物が!」
水色のシンプルなドレスに身を包んだアイリスは、興奮気味にレオンに話しかけた。
レオンは従者の格好をしており、「貴族のご令嬢とお付きの者」という設定だ。
アイリスの黒髪はこの国では少々目立つので、魔法で茶色に変えている。他者に視線を向けられにくくする『視線除け』の魔法を施しているので、騒ぎを起こしでもしない限り、王妃が街中を歩いていると気付く者はそうそういないだろう。
「お嬢様、あまり急ぐと危ないですよ」
「ふふ、ごめんなさい。街に出かけるなんて初めてで、楽しくて」
ここ王都ヴァーリアは、バーネット王国の中心に位置する最大都市だ。三ヶ月ほど前にこの国に来てからというもの、アイリスは婚姻の儀の準備でずっと忙しく、王都を見て回る余裕などなかった。そのため、城下を散策するのは今回が初めてだ。
街は活気に溢れており、多くの人々が行き交っている。道路は石畳で綺麗に舗装されており、煉瓦造りのお店が軒を連ねていた。
母国にいた頃は、城の中にいるか、師匠に会いに森に出かけるくらいで、街になど行かせてもらえたことはなかった。初めて見る店や景色に、アイリスの興奮はなかなか収まりそうにない。
「ねえ、レオン。ローブと仮面を買いたいのだけれど、良いお店知ってる?」
「仮面……? 仮面舞踏会にでも行くんですか? それとも部屋に飾るとか?」
「んーどちらも違うのだけれど、実際に身につけられるものを探していて。シンプルなもので構わないのだけれど……」
「……? わかりました。では知っている店があるので、案内しますね」
そう言ってレオンが案内してくれたのは、舞踏会用の様々な仮面が取り揃えられた店だった。
「うわあ……! 綺麗な仮面がたくさん!」
店内には、宝石が付いたものや、美しい白い羽根をあしらったもの、蝶の羽をモチーフにしたものなど、様々な種類の仮面が並べられている。目だけ覆うものもあれば、顔全体を隠せるものも置いてあった。
(素敵なものばかり……! でも、普段使うには少し派手すぎね……)
アイリスは店内を見て回りながら、『計画』に使えそうなものがないか探していると、ふと目についた白いシンプルな仮面を手に取った。額から鼻辺りまでを覆い隠せるタイプのものだ。仮面を自分の顔に当てがい、使用感を確かめる。
(うん! これでいいわ!)
「レオン、これにするわ。素敵なお店を紹介してくれてありがとう!」
「探し物が見つかって何よりです……?」
満足気なアイリスが手に持っているシンプルな白い仮面を見て、レオンは一体何に使うんだと言わんばかりの表情を浮かべていた。
仮面を調達した後、今度はレオンに衣服店を紹介してもらい、フードが付いた亜麻色のローブを購入した。
目当てのものが一通り入手でき、満足しながら大通りを歩いていると、小洒落た雑貨店が目に付いた。
「レオン、この店にも入ってもいい?」
「もちろんです」
「ありがとう!」
早速店の中に入ると、そこには趣味の良い雑貨たちが並んでいた。可愛らしい花瓶や、便箋などの文具類、それから繊細な作りの茶器まで、多様な品物が取り揃えられている。
店内を見渡すアイリスに、レオンが小声で尋ねてきた。
「旦那様へのお土産ですか?」
「うん。お土産を買って帰るって約束したの」
アイリスの返答に、レオンはニヤニヤした表情を浮かべる。
「仲睦まじそうで安心しました」
「別にそんなんじゃ……! これはその……日頃のお礼というか……!」
アイリスがドギマギしながら答えると、レオンは微笑ましそうにこちらを見つめていた。
アイリスはこれ以上レオンにからかわれないよう、足早に店内を見て回る。すると、文具コーナーの一角でアイリスの足が止まった。
「綺麗……これにするわ」
「素敵ですね! きっと喜ばれますよ」
果たしてローレンはどんな反応をするだろうか。想像すると、渡すのが少し楽しみになった。
「目当てのものは買えたし、そろそろ帰りましょうか」
そうして二人は店を出ると、大通りを歩きながら帰路についた。城下街は路地裏まで綺麗に整備されており、歩いていて気持ちが良い。すれ違う人々は皆身綺麗で肌艶もよく、健康そうな人が多い印象だった。
「王都だからかもしれないけど、街行く人を見る限り、あまり貧富の差を感じないわね」
「そうなんです! ローレン陛下の功績が大きいんですよ! 奴隷制度を完全に撤廃するだけじゃなく、国営事業に彼らを雇って、経済支援なしでも暮らしていけるようにまでして。最低賃金が設定されたことで、いくら働いても生活が苦しいという人もかなり減りました。あと、何と言っても忘れちゃいけないのが、魔物討伐の数々の戦績!! 特に南部海域での幽霊船殲滅作戦での活躍は……」
レオンは話の途中でハッとした様子で口をつぐむと、首に手をやりながら少し照れた表情になる。
「すみません……つい……」
「本当に陛下のことをお慕いしているのね」
「そ、それはもちろん。陛下に憧れて騎士団に入りましたし、俺が主君にと思うのはローレン陛下ただ一人ですから。あっ、もちろん今は、全力でアイリス様のことをお守りする所存ですよ!?」
「ふふっ。素直でよろしい」
アイリスがそう言って微笑むと、レオンは頭をかきながら苦笑した。アイリスはレオンの忠誠心に感心しつつ、彼の発言の中で気になったことを尋ねてみた。
「一つ気になったんだけど、陛下が直々に魔物の討伐に向かわれることがあるの?」
魔族と魔物は、人族の間では混同されがちだが、全く別の種族である。知性と理性を兼ね備える魔族とは異なり、魔物は理性を持たない獣と表現するのが正しい。
「この国は軍事力に優れているとよく言われますが、それはあくまで人族に対してであって、アトラス王国ほど魔法師の数が多くはないんです。物理攻撃が効かない魔物も多いから、魔法が使える陛下の力は貴重なんですよ。特に強い魔物が現れた時なんかは、陛下自ら討伐に行かれますね」
「なるほど……そうなのね」
(いくら戦力が必要とはいえ、陛下自らが討伐に行くなんて危険だわ......魔物退治には慣れてるし、次からは私が代わりに行こうかしら)
そんなことを考えながら歩いていると、突如甲高い悲鳴が辺りに響き渡った。一拍おいて、悲鳴とともに逃げ惑う人々の波がこちらに押し寄せてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます