第4話 暗殺未遂事件(1)


「それでは、私は自室に戻らせていただきますね。夜分遅くにお時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。おやすみなさい、陛下」


 離婚話を終えたアイリスは、ローレンに就寝の挨拶を告げると、自室で休むことにした。


 互いの居室に挟まれたこの部屋は夫婦の寝室となっているが、結婚して以来まだ一度もここで寝たことはない。ここ数日、ローレンが多忙で寝る時間が合わなかったというのもあるが、そもそも世継ぎの話がまだ出てきていなかった。

 いずれこの国を出て行こうとしている身としては、かなり好都合だ。


 しかし、自室に戻るため立ちあがろうとするアイリスを、ローレンが止めた。


「もう少し話せるか?」

「はい、構いませんが……」


 一体何の話をされるのかと、思わず身構える。


「一つ質問がある。先程の防御魔法の練度からすると、お前は相当な使い手に見えた。だが、お前の魔力量は非常に少ないように見える。どういうカラクリなんだ?」


 魔法をある程度使える人間なら、相手の体から放出される魔力から、ある程度相手の魔力量を推察することができる。ローレンは、アイリスの実力と見た目の魔力量の乖離に、疑問を持ったのだろう。


「ああ、それは、私が体外に放出する魔力を限りなく制限しているからですね」

「制限? 魔力の気配を消すのとは違うのか?」

「はい。魔力探知されないよう、魔力の気配を完全に消してしまうのとは違い、体から出る魔力の量をコントロールしています」

「ほう、そんなことができるのか」


 魔法での戦闘では、まず相手の魔力を探知し居場所や力量を確かめるのが常識だ。逆に相手に自分の居場所を気取られないよう、己の魔力の気配を消すことも重要になる。

 一方、アイリスが行っている魔力の制限は、似ているようで全く異なる技術だった。


「魔力量を制限する必要がある人なんて、まずいないので、実用性はありませんけどね」

 

 アイリスは苦笑しながら言葉を返す。


 魔力量は強さの証だ。それをわざわざ制限して弱く見せるなど、余程の物好きしかいないだろう。それに、魔力量の制限は一日二日で習得できるものではない。


「なるほど、理解した。しかし、お前の魔法の技術には驚かされてばかりだな」


 "愚鈍で無能な氷姫" は、褒められるということに慣れておらず、照れくさい気持ちでいっぱいになった。しかし同時に、今までの努力が報われたようで、嬉しくも感じる。


「それで、お前の真の実力は、アトラス国内ではどの程度に位置するんだ?」


 アイリスはそう聞かれ、うーん、と思考を巡らす。母国にいた頃は、基本的に城内にいるか、師匠に会いに森に行くかくらいしかしていなかったので、返答に困ってしまう。


「そうですね……王家の人間や王城に出入りする人達くらいしか比べる相手がいなかったので、明言するのは難しいのですが……。これまで、師匠以外に私より強いと思った魔法師はいませんでしたね」


 それを聞いたローレンは、フッと笑みをこぼした。


「ほう。アトラス王国の損失はかなりのものだな」


 実際のところ、そうだろうと思う。四代前の王が『黒髪緋眼』だったらしいが、それ以降は私が生まれるまで『黒髪緋眼』の出現はなかったようだ。


 先代『黒髪緋眼』は、自ら前線に立ち多くの戦績を挙げ、また百年以上もの間王位に就いていたと聞く。人族の寿命は魔力量にある程度比例するので、相当な魔力量を有していたと考えられている。


 ローレンは真面目な顔に戻り、再びアイリスに質問を投げかけた。


「では、結界魔法は使えるか?」

「ええ、使えますが……」

「俺の自室には結界魔法を施してあるのだが、お前が嫁いで来る半年ほど前に二度、立て続けに結界が破られたことがあった」


 ローレンの言葉に、アイリスはハッと息を呑んだ。

 『結界が破られた』ということは、『暗殺されかけた』ということを意味する。


「一体誰が……」

「情けないことに、いずれも犯人を捕らえ損ねてな。……が、おおかた俺の政敵が仕向けた刺客だろう」


 ローレンが忌々しげな顔で吐き捨てる。


(政敵……ということは、陛下の叔父であるアベル殿下……?)


 アイリスは表情を強張らせながら、気になる点をいくつか質問していく。


「結界が破られたというのは、物理的に壊されたということですか?」

「いや、結界に攻撃された痕跡は見つからなかった」

「では、『立て続けに』というのは、具体的にどの程度の期間を空けてのことでしたか」

「十日ほどだ。結界を施す魔法師を変えたところ、それ以降は落ち着いている。結界魔法というのは物理攻撃や魔法攻撃以外で破れるものなのか? お前の意見を聞きたい」


(話の本題は、おそらくこれね……)

 

 直感でそう思い、アイリスは人差し指を立てながら、教師然として説明を始める。


「攻撃によって破壊されていないのであれば、おそらく結界を無効化されたのでしょう」

「無効化?」


 ローレンは聞き慣れない話に、目をすがめてアイリスに聞き返す。


「はい。結界に限らず、魔法を無効化するには、その魔法を解析し反転魔法を発動させる必要があります。波をぶつけて打ち消し合うようなイメージですね」

「なるほど。続けてくれ」

「魔法の解析は、その魔法が複雑なほど時間がかかります。特に結界のような複雑なものは、わずか十日で解析が完了し、無効化できるということは、まずあり得ません」


 アイリスはローレンを見据えながらきっぱりと言い切った。

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