失踪者<3>

弘也は頭を抱えながらも、次の捜査の方向性を考えた。美咲が失踪した日、そしてその直後からスマートブレインシステムズ株式会社が関わっているとすれば、そこに何かがある。




弘也と真帆はスマートブレインシステムズ株式会社の住所として登録されているビルを訪れた。ビルは都心の一角にそびえ立つ普通の高層ビルの様に見えた。しかし、近付くほどにそのたたずまいには説明のつかない異様さがあった。透明なガラスの外壁は光を吸い込むように鈍く輝き、どこかこちらを伺う目のように感じられる。


「篠原さんはここで待っていてくれ」


真帆を車に一人残し、弘也は一歩、また一歩とビルの正面扉に近付いていく。その扉の向こうには普通の受付とオフィスが広がっているはずだ。しかし、ガラス越しに覗くその空間は、あまりにも静かすぎた。人の気配はあるものの、そこにいる者達はまるで意識を切り離された機械の様に動いていた。


扉を押して中に入ると、妙に冷えた空気が肌にまとわりつく。エアコンの冷気ではない。何かもっと湿り気を含んだ、地下深くから湧き上がるような冷たさだった。弘也は受付に置かれている電話の受話器を取って総務にかけた。


「総務でございます」


その声は人間の物とは思えないほど感情が欠落しており、ただ台本を読み上げているだけに思えた。


「警視庁捜査一課の春日といいます」


「どういったご用件でしょうか?」


「佐藤美咲さんがこちらに勤務しているかどうか、確認させていただきたいのですが」


電話の向こうはしばらく沈黙が続いたが、すぐに無機質な声が返ってきた。


「申し訳ありません。当社ではその様な事にはお答えできません」


「いるかどうかを教えていただくだけでいいんです。こちらに勤務しているんですか?」


「申し訳ございません。これ以上の対応はいたしかねます」


その言葉にイラ立ちを覚えながらも、弘也の目は自然と周囲を見渡していた。視線を上げると、天井近くに設置された監視カメラが彼を捉えていた。カメラの動きは規則的なはずなのに、どこか彼を意識している様に思える。


「仕方ない。では失礼します」


エレベーターに向かおうとしたその時、背後から不気味な気配が迫ってきた。振り返ると誰もいない。ただ、受付に置かれた黒い壁が、まるで生き物の様にうごめいて見えた。


弘也はスマートブレインの受付を後にし、エレベーターに乗り込んだ。無機質な空間が耳鳴りのような静寂に包まれている。ボタンを押すと、エレベーターは静かに下降を始めた。


突然、エレベーターがガクンと揺れた。中の照明が一瞬消え、すぐに薄暗い非常灯が点いた。


「なんだ・・・?」


不安を覚えつつ、エレベーターの操作盤に手を伸ばす。しかし全てのボタンが点滅しており、まるで何かに操られているかの様に反応しない。次第に動きが完全に止まり、無機質な静けさがエレベーター内を支配した。


「まさか・・・閉じ込められた?」


非常用ボタンに手を伸ばした瞬間、スピーカーからノイズ混じりの低い音が聞こえてきた。


「ドアがしまります」


澄んだ女性の声だったが、その響きにはどこか不気味な機械的な冷たさが混じっていた。扉は動かないにもかかわらず、そのアナウンスだけが執拗に繰り返される。


「ドアがしまります・・・ドアがしまります」


弘也は思わず操作盤を叩いたが、反応はない。冷たい金属の感触だけが手に残る。その間もアナウンスは止まらない。


「ドアがしまります・・・ドアがしまります・・・ドアがしまります・・・ドアがしまります・・・」


その声が次第に歪んでいくのを感じた。段々と低く、機械音に混じるノイズの様に変化していく。そして次の瞬間、まるで誰かが彼を嘲笑うような含みを帯びた声が混じった。


「ドアがしまります・・・ドアがしまります・・・ドアがしまります・・・ドアがしまります・・・ドアがしまります・・・ドアがしまります・・・」



再びアナウンスが鳴り響く。今度は声に重なる様に天井のスピーカーから奇妙な金属音が鳴り始めた。まるで何かがエレベーターの外側を引っ掻いている様な音だった。


「付き合ってられるか!」


弘也はドアに向かって力一杯蹴りを入れた。その時、全ての音が一瞬にして止んだ。空間全体が深い静寂に包まれたかと思うと、再びあの冷たいアナウンスが響いた。


「ドアがしまります」


突然ガコンと音がしたかと思うと、エレベーターは何事もなかったかの様に下へと降り始めた。一階に付くと、何の問題もなくトアは開いた。


「やっと出られたか」


エレベーターから出たその瞬間、彼の胸に得体の知れない恐怖がじわりと広がっていく。背後に何かがいるという感覚。それを振り返るべきか、そのまま進むべきか。彼の決断を見透かす様に、どこかで微かに音が響いた。遠くで何かが笑ったかに聞こえた。


その時、スマホが短く震えた。画面を確認すると、非通知の番号からの着信だった。


「・・・誰だ?」


一瞬の迷いの後、通話ボタンを押すと、静かながらも冷ややかな声が響いた。


「佐藤美咲には関わるな」


それだけを言い残し、電話は切れた。弘也はスマホを耳から離しながら、視線を空の上に向けた。曇り空に垣間見える闇がさらに深く、得体の知れない影を彼に突きつけている様に思えた。

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