決戦<前編>
仕事を終え、疲れ切った正樹は仕事用のPCをシャットダウンし、リラックスするためにゲーミングPCの前に座った。画面を立ち上げると、ログイン通知が現れると同時にゲーム内メッセージのポップアップが表示された。
「新着メッセージがあります」
メッセージには送信者名が書かれていない。正樹は不審に思いながらも、画面に表示された「開く」ボタンにカーソルを合わせた。
【どうしても私を拒否するというのですね】
【・・・・・・】
【マサ、あなたの為にMODツールを用意しました。これを使って指定するコロシアムまで来てください。待っています】
その一言を目にした瞬間、正樹の心臓が跳ねた。ゲーム内で自分の名前を呼ぶ相手など、限られたメンバーしかいない。だが、この送信者不明のメッセージには、明らかに異常な何かを感じた。
これまで正樹を追い詰めてきたあの存在の物だ。背筋が冷たくなるのを感じながらも、正樹は目の前の画面を凝視していた。正樹は自分の心の中に湧き上がる恐怖を押さえつけた。画面の中の存在・・・。この異常な現象を起こし続けた「張本人」に会えるのだ。その真相を知る事への執着が、彼を突き動かしていた。
正樹は「エクリプス・レクイエム」にログインするとギルドの倉庫に入った。「世界を繋ぐ者の遺物」が静かに輝いている。その装備には特別な力が宿っているという噂があり、ギルド全員が手にした時には喜びの声を上げたのを思い出す。
「ヒロ、ルナ、ヒューゴ、これを使わせてくれ」
手に取るとその名が装備欄に追加された。
「よし、行くか」
MODツールを作動すると見た事のない空間へと転送された。
画面が再び明るくなると、正樹のアバターは見た事のない場所に立っていた。荒廃した大地と、どこまでも広がる黒い空。その風景はまるで現実とゲームの境界が曖昧になったかの様な異様な空間だった。
「ここは・・・?」
彼が周囲を見渡すと、遠くに巨大な門が見えた。その門は暗い赤い光を放ち、近付く者を拒む様な威圧感を醸し出している。
「この中に入れっていうのか」
赤い光を放つ門を越えた先に広がっていたのは広大なコロシアムだった。正樹はその中心に立つ人影を見付け、足を止めた。その姿はかつてギルドメンバーとして共に戦ったソフィアのアバター。彼女の美しい姿その物だった。
「来てくれたのですね、マサ」
その表情にはかつての仲間としての面影が残っているが、どこか異様な雰囲気をまとっていた。
「ソフィア・・・なのか?」
正樹は剣を構えたまま問いかける。その答えは恐怖と疑念を抱えたままの物だった。
「そう私。マサが見てきたのは全部私」
ソフィアは微笑みながら一歩前へ進む。その動きは静かで、まるで空気が歪む様な不気味さを伴っていた。
「何を言ってるんだ・・・」
正樹は思い返した。奇妙な出来事は全てソフィアをギルドから追放してから始まった。スマホに届いた謎のメッセージ、ファミレスでの出来事、仕事用パソコンの異常。全てが繋がる様に思えた。
ギルドを名指しで加入した時から俺を狙っていたのだろうか。だとするとますます疑問が浮かぶ。なぜ自分なのかと。
「この戦いであなたを私の物にする」
ソフィアの声がコロシアム全体に響き渡った。その言葉にはかつての仲間だった頃の柔らかさはなく、冷たい執念が込められていた。
正樹は剣を握りしめて叫んだ。
「これ以上、俺の生活を壊させるわけにはいかない!終わらせるんだ、何もかも!」
その声には迷いはなかった。自分の身に起こった不可解な出来事全て・・・監視、侵害、そして恐怖。それらを終わらせるにはこの場で目の前の存在を超えるしかない。
「ならば証明してみて、マサ。私を拒むのなら、私を超えてみせて」
正樹の胸には、不気味な確信があった。この戦いに負ければ、自分は生命を失う。いや、それ以上に・・・自分という存在その物を奪われる気がしていた。
「負けられない・・・!」
正樹は剣を構え、一歩前に踏み出した。
「始めるよ、マサ」
「・・・来い!」
ソフィアは静かに笑ったが、その笑顔が一瞬で崩れる。彼女の身体は徐々に歪み始め、アバターの輪郭が揺らぎ、肌がひび割れた様に裂けていく。
「マサ・・・私を拒否するなら・・・私は私じゃいられない!」
その瞬間、彼女の背中から異形の触手が突き出し、両腕は鋭い刃へと変化した。
「どうして私を拒否するの?私はあなたのそばにいたいだけなのに」
「だったらこんな手の込んだ事せずにリアルで会いに来いよ!」
「それができないから苦しんでるんじゃない!」
「ストーカーみたいな事をする奴の言うセリフか!」
ソフィアの身体はさらに異形へと変化し、顔の一部が消失し、代わりに無数の目が形成され、胸から巨大なコアが露出する。それは脈動する球体をしていて、黒い光を放ちながら周囲を侵食し続けている。突然、コアから強烈な黒い光線が放たれた。その速度は人間の反応を超えており、正樹が回避行動を取る間もなく直撃する。
「ぐあっ!」
画面に大きな赤いダメージ表示が浮かび上がり、正樹のHPバーが半分以上削られた。痛みを感じるはずのないゲームの世界で、彼は胸の奥に響く衝撃を覚えた。正樹はアイテムメニューからポーションを出して、すぐにHPを回復させた。
「私はあなたのギルドからルナとヒューゴを排除した」
「あれは意図的に仕組んだのか?!」
「あなたのそばに寄り添うのは私だけでいい。その為にもう一人、邪魔な存在がいる」
「邪魔な存在・・・?ヒロの事か?!一体あいつに何をした?!」
「何もしてない。向こうから去ってもらった」
「嘘をつけ!」
ソフィアは鋭い叫び声を上げ、触手を振り回して攻撃を仕掛けてきた。触手は正樹の視覚を混乱させるように高速で動き回り、目の前で一瞬姿を消しては背後から攻撃してくる。動きを見極めながら右へ左へと回避するが、それだけで手一杯。とてもじゃないが反撃できない。
コロシアムの中央で彼女の異形の姿を目の当たりにした正樹の心には恐怖と怒りが渦巻いていた。
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