いるはずのない誰か<1>
週末の夜、正樹は自宅のパソコンデスクに座っていた。目の前のモニターにはギルドのチャットウィンドウが開かれているが、ギルド拠点は静まり返っていた。スマホを手に取り、メッセージアプリを開く。
【ヒロ、今日はログインするか?】
メッセージを送信して、画面をじっと見つめる。既読になる気配もなければ、返信もない。数分が過ぎても何の反応もない事が正樹の胸の中に不安を重ねていく。
「忙しいんだろうか・・・いや、それとも何か事件でも起きたのか?」
仮に事件が起きた場合、いつもなら向こうからその旨のメッセージが送られてくるはず。それがまず届いていない。もう一度メッセージを送る。
【忙しいのか?】
だが、それも既読にならない。正樹の心に小さな疑念が芽生え始める。その沈黙が正樹をじわじわと孤独の深みへと引きずり込んでいく。
【相談したい事がある。返事くれ】
しかし、またしても反応はない。正樹はスマホを置き、頭を抱えた。時間が経つにつれ、胸の中に疑念と不安が膨らんでいく。その時、ふと彼の脳裏に浮かんだのは例のメッセージだった。
【無駄だよ。どうせ裏切られるだけ】
あのメッセージの言葉が正樹の中でじわじわと影響を及ぼしていた。「もしかして本当に・・・?」そんな考えが頭をかすめ、正樹は首を振って打ち消した。
「いや、そんなはずない。弘也はそんな奴じゃない」
正樹は再びスマホを確認するが、画面は沈黙を貫き通している。誰とも繋がらない孤独感が胸にのしかかる。その時、スマホが振動した。正樹は反射的に画面を見たが、それは弘也からの返信ではなかった。
【一人っきりだね。寂しいね】
画面に表示されたその一言は、まるで正樹の現在の状況を完全に把握しているかの様だった。
「・・・どうして分かるんだ?」
震える手で返信を打ち込もうとしたが、言葉が見つからなかった。スマホを握りしめたまましばらく考えた後、ようやく震える指で返信を打ち込めた。
【お前はどこにいる?どこから俺を見ている?】
メッセージを送った直後、返事が返ってくるまでには少し間があった。部屋の静けさが妙に重い。冷蔵庫の稼働音やパソコンのファンの音が耳障りなほど大きく聞こえる。
数秒後、スマホが振動する。返事が届いた。
【いつだって、あなたのそばにいるよ。そばでじっと見ているよ】
その一言が示す曖昧さと不気味さに正樹の心臓は強く脈動する。部屋を見回しても何もない。だが、それがかえって恐怖を煽った。送り主は明確な位置を示していない。ただ「そばにいる」と言うだけだ。
正樹は立ち上がり、リビングやベランダ、さらにはクローゼットの中まで確認した。だが、どこにも人がいる気配はない。
「隠しカメラでも仕掛けられてるのか?」
何も見付からない空間に疑念が膨らむ。背中にじっとりと汗が滲むのを感じながら、正樹は再びスマホを手に取った。その時、画面に新しいメッセージが表示された。
【そんな物はないよ。私はここにいるから】
その言葉を目にした瞬間、正樹は椅子に崩れる様に座り込んだ。
「・・・どうして分かるんだ!どうして!」
正樹は椅子に崩れ落ちる様に座り込んだ。スマホを持つ手は震え、冷たい空気が部屋を包み込んでいた。部屋の静寂が正樹の心を締め付ける。暗闇の中、彼の呼吸だけがやけに響いていた。全てを知り尽くしている様なこの存在が何者なのか、全く見当がつかないでいた。
【・・・私を見て】
その言葉がスマホに届いた瞬間、正樹の胸に得体の知れない不安が広がった。画面を凝視する彼の耳に、不意にシャッター音が響く。
カシャッ
スマホが勝手に撮影を始めた。その音に驚き、正樹はスマホを強く握りしめる。
「何だよ、これ・・・!」
震える手で撮影された写真を確認すると、そこに映し出されたのは正樹自身の姿・・・椅子に腰かけ、怯えた表情でスマホを見つめる彼の姿があった。しかし、それだけではなかった。
正樹の背後、暗い部屋の奥に不気味な影が映り込んでいた。それは人の形をしている様に見えたが、細部は闇に溶け込み、顔や身体の輪郭は曖昧だった。そこに「あるはずのない何か」が確かに存在している。
正樹は思わず後ろを振り返った。しかし部屋には誰もいない。ただの家具と暗闇がそこにあるだけだ。振り返るたびに冷たい汗が背中を伝う。
もう一度写真を確認する。影は確かにそこにいる。スマホのスクリーンを凝視すればするほど正樹の心臓は激しく鼓動し、手の震えが止まらなくなる。
「嘘だ・・・こんなの、あり得ない」
正樹はスマホを机に叩き付け、両手で頭を抱えた。
「俺の部屋だ。こんな奴、俺の部屋にいるはずが・・・!」
だが、スマホが再び振動した。
【私を見て】
その言葉がスマホに届いた瞬間、正樹の胸に不安が広がった。画面を凝視する彼の耳に不意にシャッター音が響く。
カシャッ
次の写真には、正樹のすぐ背後に影がさらに近付いている姿が映し出されていた。その瞬間、彼は椅子を蹴飛ばして立ち上がり、壁際まで後ずさった。
「やめろ!何なんだ!」
震える声で叫んでも部屋は静まり返ったままだ。深い沈黙の中で正樹は画面に視線を戻す。
【見て。私をちゃんと見て】
その言葉が画面いっぱいに表示される。次第に視界がかすみ、足元から冷たい感覚が這い上がってくる。正樹はその場で動けず、スマホから目を離す事もできなかった。
一つだけ言えるのは、彼の周りで何かが確実に現実を侵食している感覚が広がっている、という事だ。
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