崩壊する関係<4>

回復役のルナが脱退して以降、ギルド「全日本バナナ・イーターズ」は深刻な問題を抱えていた。「エクリプス・レクイエム」では高難易度イベントに挑む際、回復役の存在が不可欠だった。特に現在開催中のイベント『絶界の頂』は連携とバランスの取れたチーム構成が求められる難関である。


[ヒロ]「・・・やっぱり、回復役がいないと無理があるよな。俺がいくら耐えられるっつっても、回復が追いつかねえんじゃどうしようもない」


正樹はヒロの言葉に納得しながら画面を見つめていた。ギルドの拠点に表示されたメンバーリストはルナが抜けた事で寂しい印象を与える。




日々ログインはしている物の、回復役がいない現状でイベントに挑戦するのはリスクが高すぎた。正樹達は他のプレイヤーとパーティを組む「野良募集」も検討したが、ギルド専用のミッションが絡むイベントでは不向きだった。


そうやって回復役がいない状況が何日も続き、ギルド「全日本バナナ・イーターズ」は明らかに限界を迎えていた。『絶界の頂』への挑戦は滞り、メンバーの士気も日に日に低下していく。正樹と弘也がそれぞれの役割を懸命に果たしていたが、根本的な問題を解決するには至らなかった。


ある夜、ギルド拠点で正樹と弘也が次の挑戦について話し合っている最中、ヒューゴがギルドチャットに短いメッセージを残した。


[ヒューゴ]「悪いが、ここまでにするよ」


その言葉に正樹と弘也の指が止まる。二人はヒューゴの「ギルド脱退通知」が画面に表示されているのをじっと見ていた。


[ヒロ]「・・・どういう事だよ?」


弘也が口を開き、明らかに怒りを含んだ声を上げる。正樹は数秒間黙った後、溜め息をつきながら答えた。


[正樹]「多分、これ以上このギルドにいても意味がないと思ったんだろう。何もできない日が続くんじゃ面白くないからな。一人でやった方が気楽だって事だろう」


ヒューゴのチャットには続きがあった。その内容は短くも彼の胸中を物語る物だった。


[ヒューゴ]「ルナが抜ける原因を作ったのは俺だ。俺が抜ける事で逆に新しいメンバーを入れるきっかけになるかもしれない。すまないな」


正樹はそのメッセージを読みながら何度も思い返した。ヒューゴの言葉には責任感が込められている物の、それ以上に彼自身の疲労や絶望がにじみ出ている様に思えた。


「どうしてこんな事になっちまったんだ・・・?」


ヒューゴが抜けた事でギルドメンバーは正樹と弘也の二人だけとなった。少数精鋭を掲げて活動してきた彼等のギルドは、もはやイベントどころか通常の活動すら難しい状態に陥った。ギルド再建の道は険しく、何より仲間を失った痛みが正樹の心を重くしていた。




正樹は深い溜め息をつきながらログアウトした。ヒューゴが抜けた事実は彼の心に大きな穴を開けた様な感覚を残していた。唯一残されたヒロに対しても、これ以上負担をかけたくないという思いが湧き上がる。


その時、スマホが振動音を立てた。特に気にせず手に取った正樹だが、画面を確認した瞬間、全身が凍りついた。


【私がいるじゃない】


その短い一文が、メッセージアプリの画面に表示されていた。送信者の名前は表示されず、ただその言葉だけが強烈な存在感を放っていた。正樹の手が震え、スマホを握る力が弱まる。何度か目をまばたかせたが、メッセージが消える気配はない。それどころか、文字その物が画面から訴えかけてくる様な錯覚に陥った。


冷静さを取り戻そうと深呼吸し、正樹はもう一度返信を打ち込んだ。


【お前は誰だ?】


数秒間、部屋の中に静寂が漂う。冷蔵庫の稼働音やパソコンのファンの音がやけに大きく聞こえる中、スマホが再び振動した。


【私だよ】


「誰だよ?!」


思わず怒鳴り声を上げる。正樹の怒鳴り声が静まり返った部屋に響き渡った。自分の声があまりに大きかった事に気付いて少し後悔したが、それ以上に湧き上がる恐怖と苛立ちを抑える事はできなかった。


【何が目的だ?なぜ俺にこんな事をする?】


スマホを握りしめたまま正樹は返事を待つ。冷たい汗が背中を伝い、呼吸が浅くなる。返事はすぐには返ってこなかった。数秒、いや、数分に感じられる程の時間が流れる。その間、正樹の胸には恐怖と疑念が渦巻いていた。


そして次に表示されたメッセージは、彼をさらに深い混乱に陥れた。


【あなたのそばにいたいだけ】


その一文が表示された瞬間、正樹は思わずスマホを机に叩きつけた。ガタンという音が部屋に響く。怒りと恐怖がごちゃ混ぜになり、頭の中で混乱している。


「何なんだよ・・・本当に、一体誰なんだ?」


正樹はスマホを机に置き、深く息を吐いた。手の震えは止まらず、胸に重苦しい圧迫感が広がる。目の前の画面がただの文字ではなく、何か見えない力を持っている様に思えてならなかった。


「・・・何が起きてるんだ?」


彼は再びスマホを手に取り、恐る恐る画面を確認する。しかしそれ以上のメッセージは表示されていなかった。まるで相手が自分の恐怖を待つかの様に沈黙している。

正樹は背後に誰かの視線を感じる様な気がして振り返った。そこには当然ながら誰もいない。だが、空気の異様な重さだけが彼を取り巻いていた。


その夜、正樹はベッドに横たわりながら天井を見つめていた。部屋は静まり返り、唯一聞こえるのは時計の針が刻む音だけだった。しかし、その音が妙に大きく聞こえ、正樹の神経をさらに逆撫でする。


「くそっ、なんなんだよ一体?」


何度も目を閉じようとしたが、心のざわつきがそれを許さなかった。ベッドの隣に置いたスマホが・・・、そこに存在するだけで不気味に感じられる。自分が見たメッセージが現実だったのか、それとも疲れやストレスから来る幻覚だったのか・・・。その判断さえつかない。


時折身体を起こして部屋の中を見渡してみるが、何かがいる気配はない。それでも、どこか見えない何かに監視されている様な感覚が拭えなかった。

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