裂かれた絆<3>

−−翌日


今日は土曜日。朝からイベントに参加できる。皆ともそれで調整している。しかし、正樹はログインするなりシステムの通知に目を丸くした。


「イベント『絶界の頂』クリアおめでとうございます。MVP【ソフィア】」


「・・・なんだって?」


正樹は驚き、すぐにログを確認する。ヒューゴとルナも同じログを見て動揺していた。


[ヒューゴ]「おい、なんでイベントクリアした事になってるんだ?どういう事だ?」


[ヒロ]「ソフィアがMVPって・・・まさか単独で挑んだのか?!」


[ルナ]「そんなの無理だよ!あの難易度を一人でなんてありえない!」


正樹がギルド拠点に移動すると、すでにソフィアがそこに待機しているのが見えた。彼女はいつも通りの軽装の鎧を身に纏い、静かに立っていた。その手にはクリア報酬の「永劫の裂光剣」が握られている。


[自分]「ソフィア、どういう事だ?なんでクリアした事になってるんだ?」


ソフィアは冷静な表情を崩さずに答えた。


[ソフィア]「皆の負担を減らしたかっただけ。私が先にクリアすれば次は楽に進めるでしょ?」


正樹は彼女の冷静すぎる態度に違和感を覚えた。ソフィアの声や仕草は彼女の物だが、まるで別人が操っている様に感じられる。


[自分]「本当にソフィアなのか・・・?」


その言葉にソフィアの表情が微かに変わった様に見えた。だが彼女は何も言わず、ただ正樹をじっと見つめていた。その視線の奥には、何か得体の知れない意図が隠されている様だった。


[ヒロ]「お前、本気で言ってるのか?!チームでクリアするのが目的だろ!」


[ソフィア]「結果が同じなら方法は関係ないでしょ?効率を考えたら私がやるのが一番だった」


[ヒューゴ]「効率?それにしては、あまりにも速すぎる。どうやって攻略したんだ?」


その問いにソフィアは為らう事なく平然と答えた。


[ソフィア]「スキルと装備を最大限に使った。それだけ」


[ヒロ]「まさか・・・チートツールか?」


その瞬間、ギルドが一気に凍りついた。一人でクリアするなんて到底無理。であればソフィアがチート行為を行い、システムに不正に干渉してイベントをクリアした可能性の方が非常に高い。


[ルナ]「嘘でしょ?ソフィアがチートツール使ったなんて」


正樹は深く息を吐き、ソフィアに向けて声を上げた。


[自分]「どういう事か説明してもらおうか」


[ソフィア]「どうも何も・・・。ただ、皆で動くなんて無駄だと思った」


[自分]「無駄だと思った?俺達は全員で挑む為に準備をしてきたんだぞ。それを無駄だと言うのか?」


[ソフィア]「ええ。皆で動くには時間がかかるし、リスクも増える。それなら一人で効率的に進める方が合理的だった」


[ヒューゴ]「おい、ソフィア!チートなんか使ってたら、ギルド全体の信用に関わるんだぞ!もし本当にやったならここで正直に言え!」


[ソフィア]「チートなんて使ってない。全て私のスキルと装備、それだけ。それが信じられないなら、それでいい」


正樹は混乱するメンバー達を見回し、再びソフィアに向き直った。その表情は険しく、声には明らかな怒りと失望が滲んでいた。


[自分]「ソフィア、これが最後の質問だ。正直に答えろ。本当に一人の力だけで『絶界の頂』をクリアしたのか?」


ソフィアは一瞬目を伏せた後、正樹の目を真っ直ぐに見返した。


[ソフィア]「・・・そう。それが答え」


正樹はその言葉に深く息を吐き、しばらく黙ったまま考え込んだ。そして、静かに口を開いた。


[自分]「ソフィア、お前は自分だけが正しいと思ってるかもしれない。でも、これ以上このギルドを汚す事は許さない。今日限りでお前を追放する」


[ソフィア]「待って、私はあなた達の為を思ってやっただけなのに」


[自分]「それが余計だって言ってるんだ」


正樹は静かに追放コマンドを入力し、ソフィアをギルドから排除した。その瞬間、画面には短い通知が表示された。


「プレイヤー『ソフィア』がギルドから追放されました」


[自分]「お前はお前のやり方を受け入れてくれるギルドを探せばいい」


[ソフィア]「・・・・・・」


怒りに任せたとはいえ、少しキツい言い方だったろうか。ソフィアはそれ以上何も言わずに画面の外へと消えていった。




正樹がギルド追放のコマンドを入力した瞬間、拠点の空気は冷え切ったように感じられた。画面に表示された「プレイヤー『ソフィア』がギルドから追放されました」の通知が静寂の中でやけに重々しく響いていた。


[ルナ]「マサ・・・本当に追放しちゃったんだね・・・」


ルナの声はどこか震えていた。その感情は悲しみなのか、それとも罪悪感なのか、彼女自身も分からなかった。


[ヒューゴ]「仕方ないだろ。これ以上、ソフィアの独断行動を許せばギルドその物が崩壊してたかもしれない」


[ヒロ]「でもな・・・やっぱりこういう形で終わるのは胸クソ悪いな。もう少し話し合う余地はあったんじゃないのか?」


正樹はそれぞれの声を聞きながら、追放コマンドを入力した自分の手を見つめていた。その手は軽く震えている。自分の決断が本当に正しかったのか、誰にも確信が持てないままだった。その中でも、特にルナの心は限界に達しようとしていた。


[ルナ]「もう無理・・・これ以上、こんな空気の中で一緒にやるなんて無理だよ!」


彼女はそう叫び、胸に溜まった感情を吐き出すように続けた。


[ルナ]「私達、全員で挑戦するって決めてたよね?それがギルドの約束だったじゃない!それなのに勝手にクリアされて、追放して・・・こんなの、私が大切にしてたギルドじゃない!」


正樹はその言葉に胸を痛めながら、ルナをなだめようとした。


[自分]「ルナ、落ち着いてくれ。俺達もソフィアの行動には戸惑ってる。でも、だからこそ一緒にギルドを立て直す必要があるんじゃないか?」


[ルナ]「立て直す?どうやって?もう壊れちゃったんだよ、このギルドは!私は皆で楽しくやりたかっただけなのに、今は責め合いばっかり。もう、こんな場所にいたくない・・・」


ルナの声には明らかな悲しみと怒りが混じっていた。ヒューゴも重い口調で話し始めた。


[ヒューゴ]「俺もルナの言いたい事は分かる。でも、ここで抜けたらギルドその物が崩れるぞ」


[ルナ]「分かってるよ。でも、もう私の心が持たない・・・」


ルナは最後の言葉を残した。


[ルナ]「皆、ごめんね。でも、私はここを抜ける。マサ、ヒロ、ヒューゴ、これまでありがとう。楽しい思い出もたくさんあったけど、今のギルドは私には合わなくなった。いつかまた別の形で会えたらいいな・・・」


その言葉の後、ルナの「ギルド脱退通知」が画面に表示された。


「プレイヤー『ルナ』がギルドを脱退しました」




ログアウトしたルナは静かに画面を閉じ、自分の部屋で膝を抱えていた。彼女の目には涙が浮かんでいる。


「私の好きだった場所が、もう戻らないなんて・・・」


ルナはギルドを抜けるという選択が正しかったのか分からないまま、ただ静かに泣き続けていた。

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