崩壊する関係<1>

−−居酒屋「しんじ」


正樹は同じ「全日本・バナナ・イーターズ」のメンバーである[ヒロ]、春日弘也と会っていた。この二人はリアルでも面識があり、意外な事に近くに住んでいた。オンライン上で誰にも聞かれたくない会話をする時はいつもここで落ち合っている。


−−春日弘也。彼の昼の顔は警視庁捜査一課、警部補。刑事である。この事はギルドに加入した時に最初に聞いていた。事件がある時は参加できないからだ。それでも彼のキャラはポテンシャルが高く、敵のヘイトを引き付ける役としては申し分ないステータスを誇っていた。


小さな居酒屋のカウンターからは軽快な包丁の音やジュウジュウと焼かれる音が響き、店内にはほんのりと炭の香りが漂っている。常連客達の笑い声が混ざり合う中、正樹と弘也はいつものテーブル席に腰を下ろしていた。


「お疲れ」


泡がほんの少し溢れ、二人は喉を潤すように一気に飲み干した。ジョッキをテーブルに置いた弘也が、真っ直ぐ正樹を見つめて言った。


「なあ、マサ。ソフィアの事、どう思ってる?」


正樹は焼き鳥をつまんでいた手を止め、少し考え込むように顔をしかめた。


「・・・どう思ってるか、か」


彼は箸を置き、ジョッキを再び手に取りながら言葉を探すように続けた。


「正直、今でも信じられないんだ。ソフィアが単独で『絶界の頂』をクリアした事も、その後の態度も・・・全部が違和感だらけだ」


「あの時、俺達全員がソフィアを疑った。それに、あいつの態度も追放されても仕方ないと思えるものだった。でも・・・どうにも腑に落ちないんだよな」


正樹はジョッキの中の泡をじっと見つめながら答えた。


「そうだな。あいつがどうしてあそこまで強硬だったのか、何を考えてたのか・・・俺達には本当の理由が分からないままだった」


弘也は腕を組み、少し声を低めた。


「ルナが抜けたのも、あいつのせいだって思う部分がある。でも、もしソフィアが何かを背負ってたとしたら、俺達が見てたのは本当にソフィアの一部だったのかもな」


正樹はその言葉に反応し、ジョッキを置いた。


「あいつを追放した事が俺達にとって最善の選択だったのか・・・。未だに分からないよ」


二人の間に一瞬、静寂が流れる。居酒屋の喧騒が遠く感じられる中、弘也が再び口を開いた。


「マサ。もし、ソフィアが戻りたいって言ってきたら、お前はどうする?」


正樹は驚いたように弘也を見た後、真剣な顔つきになった。


「・・・簡単には答えられないな。俺達のギルドが壊れかけてるのは事実だ。でも、それでも全員で一つのチームとして戦いたいって思う気持ちは今でも変わらない」


「俺達のリーダーらしい答えだな。まあ、今はこれでいいさ」


正樹も苦笑し、ジョッキを持ち上げた。


「そうだな。まずは目の前の問題を一つずつ解決していくしかない」


「まずは回復役の代わりを探すのが最優先だろう」


正樹は黙ってジョッキの泡を見つめていた。


「回復役がいない状態じゃ、次の挑戦どころかギルドの存続すら危うい。ルナがいるのといないのじゃ全体の安定感が全然違うんだよな」


弘也は腕を組みながら考え込んだ。


「新しい回復役を募集するにしても、すぐに信頼できる奴が見つかるかどうかだな。回復職はどこも人気だし、腕のいい奴は他のギルドに取られてるだろうし」


正樹は深く息を吐き、少し厳しい表情を浮かべた。


「俺達の今の状況を知れば加入を渋る奴も多いだろうな。ソフィアのチート行為の件でギルドの評判も落ちてるかもしれない」


「まずは、掲示板に募集を出してみよう。腕のいい奴が応募してくれるかは分からないけど、やらないよりはマシだ」


「そうだな。とにかく動いてみるしかない。俺達のギルドがまだやれるってところを証明してやろう」


正樹と弘也はギルド再建への第一歩を踏み出す決意を新たにした。しかし、その道のりにはまだ多くの困難が待ち受けている事を、二人とも薄々感じていた。ルナが抜けた事で揺らいだギルドの絆を取り戻すには新たなメンバー以上に「信頼」が必要だったのだ。


弘也とは店で別れた。夜風で火照った身体を冷ましながら帰路につく。頭上では今もドローン達がせっせと荷物を運んでいる。そんな光景を眺めながら自分のマンションまでたどり着くと、一台のドローンが荷物を運び終えて飛び立とうとしていた。飛び立とうとしているのは・・・自分の部屋。スマホに「お荷物のお届けが完了しました」というメッセージが入る。まさか!という気持ちを抱きながら正樹は自分の部屋へと急いだ。


「またか・・・」


玄関ドアの前には段ボールが一つ置かれていた。今回も差出人不明。そして中身はやはりバナナ。一体誰がこんな事を。そしてなぜバナナばかり送ってくるのか。その理由も目的も分からないでいた。

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