不協和音<2>

ついに『絶界の頂』のイベントが開始された。ゲーム内の世界は緊張感と興奮に包まれていた。ログインするや否や、正樹とギルドメンバー達はすぐに拠点に集合した。画面に映し出された通知がイベント開始を告げている。正樹はギルドチャットに声を飛ばす。


「さて、始まったな。皆準備はできてるか?」


ギルドメンバーがイベントエリアに転送されると広大な裂け目が霧に包まれ、不規則に浮かぶ岩の島々がその向こうに見えた。薄暗い空と、かすかに聞こえる風の音が不安感を漂わせる。裂け目の中央には巨大な石門がそびえ立ち、その周囲には淡く光る紋様が浮かんでいる。


[ルナ]「うわぁ・・・雰囲気あるね。なんか不気味だけどワクワクする」


[ヒロ]「おいおい、これ位でビビってたら話にならねえぞ。俺に任せとけって」


[ヒューゴ]「そういう事言うと、大体最初にやられるのがヒロなんだよな」


[ヒロ]「なんだと?俺の鉄壁の防御力を見てから言え」


正樹はそんなやり取りを聞きながら、画面を操作してエリアの情報を確認する。


「第一階層は『霧の裂け目』か。どうやらマップが不明で霧の影響で視界が制限されるみたいだな。さらに一定時間ごとにモンスターが増援される・・・か」


[ヒューゴ]「って事は速攻で進むか、防衛を固めるかの選択が必要だな。どうする?」


正樹は一瞬考えた後、指示を出す。


[自分]「序盤は慎重に進む。まず敵の数を減らしながら周囲の地形を把握していこう。ヒロ、最前線で敵を引きつけてくれ。ソフィアは俺と一緒に攻撃だ。ヒューゴはギミックの探索を頼む。ルナは回復優先だが、状況によってサポートを切り替えてくれ」


[ルナ]「了解。しっかり見てるから皆無茶しないでね」


[ヒューゴ]「ギミックの確認は俺に任せとけ」


[ヒロ]「よっしゃ、俺が道を切り開いてやる」


[ルナ]「私は回復アイテムもクールタイム軽減のアクセも準備済み。あとは敵を倒すだけだね」


[ヒューゴ]「ギミック対策の装備も用意してる。お前等、俺を信じてついて来いよ」


正樹はそんなやり取りを聞きながら、画面を操作してエリアの情報を確認する。

チームは連携を保ちながら慎重に進んでいく。霧の中から突然現れる小型モンスター達をヒロがしっかりと引きつけ、正樹が迅速に仕留めていく。


[ヒロ]「ほらほら、こっち来い!俺の盾を破れるもんなら破ってみろ!」


その時、霧の中から新たな敵が現れた。今度は小型モンスターではなく、巨大な一つ目のモンスターだ。その目は真っ赤に光り、背後から霧を噴き出している。


[ルナ]「来た。多分この階層のボスだね」


[ヒューゴ]「周囲の柱がギミックっぽい。これを起動すれば霧が薄くなるかも」


正樹が即座に指示を出す。


[自分]「ヒューゴ、柱の起動を頼む。ヒロは敵を引き続き引きつけろ。ソフィア、攻撃のペースを少し落として霧が晴れるのを待つんだ」


[ヒューゴ]「了解。今やる」


ヒューゴが柱を操作すると周囲の霧が徐々に晴れていき、視界が広がり始めた。モンスターの位置や周囲の地形がはっきりと見える様になる。


正樹が次の指示を出そうとしたその瞬間、ソフィアが突然動き出した。彼女は何も言わずに剣を構え、一気に霧の監視者の正面に突っ込んでいく。ボスモンスターが鋭い視線を彼女に向け、霧の触手を一斉に伸ばしてきた。


[自分]「おい、ソフィア!」


正樹が慌てて声をかけるが、ソフィアは振り返る事なく攻撃を開始した。


[ソフィア]「敵の視線を引きつける。皆はその間に弱点を叩いて」


冷静な声だが、彼女の行動は完全に独断専行だ。ヒロがボイスチャットで叫ぶ。


[ヒロ]「おい、勝手に突っ込むな!お前、タンクじゃねえだろ!」


ルナも焦りの声を上げる。


[ルナ]「待って、私がそっちに回復を送るのは間に合わないよ!」


ヒューゴがギミックの柱を操作しながら怒鳴る。


[ヒューゴ]「ソフィア!こっちの動きに合わせろ!」


しかしソフィアはそのまま突進し、剣を振り下ろして監視者の足元を叩きつけた。ボスモンスターは一瞬よろめいたが、すぐに触手を振り回し、霧の爆発を起こす。ソフィアはその衝撃で大きく吹き飛ばされた。


[ソフィア]「くっ・・・でも、これで時間は稼げたはず!」


彼女はダメージを受けつつも立ち上がり、再び剣を構えた。正樹はすぐに指示を変更する。


[自分]「ルナ、急いでソフィアの回復を頼む!ヒロ、敵の注意を引き戻せ!」


ヒロが溜め息をつきながら盾を叩きつける。


[ヒロ]「おい、こっちはヘイト取るのが仕事だ!俺を無視すんじゃねえよ!」


[自分]「体勢を立て直すぞ!ヒロ、ヘイト管理を続けろ!」


全員の攻撃が集中し、ボスモンスターは大きく揺らいだ後、崩れ落ちた。


「第一階層クリア!」


画面に大きく表示されたその文字に、ボイスチャット内が歓声に包まれる。


[ヒロ]「おっしゃ!まずは順調なスタートだな!」


[ルナ]「ソフィア、次からは無茶しないで。これじゃ全体が危ないよ」


ルナが急いで回復魔法を唱えながらボイスチャットで声を飛ばす。


[ソフィア]「無茶なんてしてない。私が動けば敵の隙ができると思ったから」


正樹はその言葉に一瞬言葉を失ったが、冷静さを保ちながら言った。


[自分]「確かに少しは隙ができた。でも、それで全員の連携が崩れたら意味がないんだ。次からは必ず指示を聞いてくれ」


ソフィアは少し間を置いてから、素直に答えた。


[ソフィア]「・・・分かった。さっきはごめん」


[ヒューゴ]「次もギミックが多そうだな。休んでる暇はなさそうだぞ」


霧の裂け目を抜け、第一階層をクリアしたギルドメンバー達は次のエリアに向かうための準備を始めた。だが、ソフィアの独断専行がチーム内にわずかな不協和音を生んでいたのは明らかだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る