仮想世界の勇者<3>

正樹達がボス討伐の余韻に浸っている時にスマホの通知音が鳴った。


「ん?」


ドローンが玄関先に荷物を置いた事を知らせるメッセージだ。新都ではこんな光景が日常になった。この街、新都ではドローンによる宅配サービスが導入されている。もはや物品の配達だけに留まらず、生鮮食品や飲料品、さらには温かい料理さえもドローンが届ける時代だ。その存在は忙しい日常を支える便利なインフラとして欠かせない物。かつて見慣れていた自転車やバイクでの配達は今や過去の光景となっている。


新都の空はもはや単なる空ではない。無数のドローン達が整然と飛び交う「見えない道」と化している。それぞれがAIに管理されたルートを正確に飛び、ぶつかる事なく効率的に荷物を届ける。その姿はまるで海を泳ぐ魚の群れの様だ。


「来た来た」


椅子から立ち上がり、玄関へ向かう。ドアを開けるとそこには小さな荷物が置かれていた。配達を終えたドローンが軽い羽音を立てて飛び去るのを見送りながら正樹は荷物を家の中へ持ち帰った。


人の手による配達サービスが消えた事で誰かと会話を交わす機会もなくなった。しかし新都の住民達はそれを不便とは感じていない。スピーディーで正確、そして無人で完結するこのシステムは彼等の生活を確実に支えているからだ。


こうしてドローン宅配が人々の生活に深く溶け込み、街全体を支える見えない力となっている。人々がその効率的なサービスを享受する一方で、静かに空を舞う小さな機械達がひたむきに働き続けている。




「さてと」


テープを剥がしながら正樹は少し笑みを浮かべる。箱の中には注文通りみずみずしい黄色のバナナがぎっしりと詰まっていた。


「やっぱりこれだよな」


一本を取り出し、慣れた手つきで皮を剥いて一口かじる。甘くて優しい味が口の中に広がり、彼は満足げに頷いた。


[ルナ]「マサ、何してるの?報酬整理もう終わったよ!」


ヘッドセット越しにルナの声が響く。


[自分]「晩メシ食ってるんだよ」


[ヒロ]「晩メシってどうせバナナだろ?」


[ヒューゴ]「そりゃそうだ。全日本バナナ・イーターズが他の物食ってたら嘘になる」


全員が笑い声をあげた。実はこの名前には深い理由があった。


全日本バナナ・イーターズ――それは、ただのふざけた名前ではない。仲間全員が異常なまでにバナナ好きである事から決まった、彼等の象徴ともいえるギルド名だ。正樹達の出会いはまさにゲームの中で「黄金の果実」というレアアイテムを巡る会話から始まった。その果実がバナナに似ている事に気付き、そこから自然とバナナ談義が始まり、気付けば全員バナナ好きだという事が判明したのだ。ちなみに全日本なのはパーティの中に沖縄出身のルナと北海道出身のヒューゴがいるからである。


[ルナ]「正直、これだけバナナ好きが集まるのも珍しいよね。普通、みんな飽きるのに」


[ヒロ]「飽きるわけないだろ。あの甘さ、あの食べやすさ、最強の食材だ」


[ヒューゴ]「俺達が出会ったのもバナナがきっかけだしな。ギルド名がこれになるのは必然だった」


正樹はバナナをもう一本取り出しながらうなづいた。




−−一週間後


期間限定イベントが終わって以降、全員が揃う事は少なくなった。「全日本バナナ・イーターズ」のメンバー達はそれぞれ現実の生活に追われ、ゲームへのログインも時折になっていた。そんな中、毎日欠かさずログインしているのは正樹とヒロの二人だけだった。


その夜も正樹はギルド拠点に一人で立っていた。画面の中のギルド拠点は静まり返り、当時の賑やかさが嘘の様だった。拠点のバナーに描かれたバナナのエンブレムが少し寂しげに揺れている様に見える。


「まあ、いつもの事か」


正樹は独り言をつぶやきながら、手元のゲームパッドを動かしてギルド倉庫の整理をしていた。ギルド倉庫の中には仲間達と集めたアイテムの数々が整然と並んでいる。「世界を繋ぐ者の遺物」もその中にしっかりと保管されている。


そんな時、画面の片隅にヒロのログイン通知が表示された。


[ヒロ]「よう、またお前だけか?」


ヒロの声がヘッドセット越しに響き、彼のアバターが拠点に現れて正樹の隣に並んだ。


[自分]「お前もだろ。いつも俺とお前しかいないんだから」


[ヒロ]「まあな。けど、こうして二人でもやってるだけマシだろ」


二人のアバターはかつて仲間達と肩を並べて前回のイベントに出ていた頃のままの装備を身に纏っている。


[ヒロ]「ところでさ、次の大型イベント、ちょっと面白そうじゃね?」


[自分]「次のイベント?」


[ヒロ]「ほら、公式が言ってた『絶界の頂』だよ。ギルド単位で挑む高難易度イベントらしいぜ」


正樹は画面を切り替え、告知情報を確認した。「絶界の頂」という新ダンジョンは塔よりもさらに過酷で、挑むギルドの結束力が試される内容だと説明されている。




「絶界の頂」概要

・神々の眠る空域にそびえる、無限の階層を持つダンジョン。

・挑むたびに構造が変化し、予測不可能な敵やギミックが待ち受ける。

・ギルドメンバーの連携が鍵となり、最上階には唯一無二の報酬が用意されている。

・ギミックの複雑さや敵の強さは過去最大級。




特徴的なギミック例


「天の断裂」

特定の階層では空間が崩壊し、ランダムにキャラクターが別のエリアへ飛ばされる。分断されたチームが迅速に再合流することが攻略の鍵。


「刻の囁き」

特定の時間帯ではプレイヤーのスキルクールダウンが延長される一方で、回復効果が大幅に増加する。戦術的なスキル運用が必要。


「光と闇の調律」

同じ属性のエネルギーを持つ敵を連続で討伐するほど、その属性がフィールド全体に影響を及ぼす。敵陣営の弱点を突きつつ、バランスを保つ戦略が要求される。




スクロールを進めると、特に目を引いたのはこの一文だった。


「一度でも登頂した者達は、新たな伝説の名を刻む」




[自分]「ギルド単位で挑むって事は、またあの光と闇のギミックみたいなやつもあるんだろうな」


[ヒロ]「いや、それどころか環境効果もより複雑らしい。天候や時間帯まで影響するとか何とか」


正樹は告知ページの画像をじっと見つめた。広大な空に浮かぶ島々、その中心にそびえ立つ「頂」と呼ばれる巨大な構造物。その幻想的なビジュアルは挑戦者達の闘志を煽るに十分だった。


[自分]「天候や時間帯、ギミック・・・どれも複雑だな。これは確かに挑戦しがいがある」


[ヒロ]「だろ?しかも報酬がヤバい。最上階まで行けば専用装備や称号がもらえるらしいぞ」


[自分]「まずは光と闇の調律を攻略の中心に据えよう。ヒロがタンク役で敵を引きつけて、俺がアタッカーで削る。他のメンバーが来たら、それぞれの役割を振り分けていく形にする」


[ヒロ]「俺がタンクか。まあ、いつもの役割だな。あと、分断されるギミック『天の断裂』が来たときの再合流手順も考えておこうぜ」


[自分]「ああ、リーダー格が全体マップを確認して指示を出す必要があるな。その役は俺がやる」


少しずつ彼らの頭の中で作戦の骨組みが形になっていく。最近はギルドメンバー達のログインが途絶えがちだったが、イベントとなると話は別だ。意地でも時間を確保して現れるに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る