section2 Narratio destruens relationes

仮想世界の勇者<1>

あるマンションの一室。宮中正樹はヘッドセットを付けてオンラインミーティングを行っていた。


「それじゃあ、今週のプロジェクト進捗について話しましょう。まずは宮中さんから開発状況をお願いします」


「はい、現在の状況ですが、フロントエンドとバックエンドの統合がほぼ完了しました。特に大きな問題はなく、ローカル環境では期待通り動いています」


「いいですね!UIデザインとの連携部分も問題ない感じですか?」


「そうですね。共有してくれたデザインシステムに基づいて、主要なページは実装済みです。細かい調整はまだいくつか必要ですが」


「それは良い流れですね。サーバーへのデプロイはいつごろ予定していますか?」


「今週中にはテストサーバーにデプロイできると思います。ただ、APIの一部で予想外のレスポンスがあったので、そこを調整してからになります」


「APIの件、私も気になってました。一部のボタンが動作しない原因って、そこにあるんですか?」


「そうです。エンドポイントの仕様が若干変わっていた様で修正対応中です。でも大きな作業ではないので、すぐ終わると思います」


「了解です。じゃあ、今週はテストサーバーへのデプロイが最優先事項ですね」


「次回のミーティングはいつにしますか?」


「金曜の午後でどうでしょう?そこで進捗を確認して、必要なら計画を調整しましょう」


「金曜の午後、大丈夫です」


「私も問題ないです」


「ではそれで決定です。皆さん、引き続きよろしくお願いします」




正樹はデスクチェアに深く座り直しながらホッと溜め息をついた。手には取り外したばかりのヘッドセットが握られている。オンラインミーティングがようやく終わり、静寂が戻った部屋には彼の疲労感が漂っていた。


正樹はモニターを見つめ、ディスプレイに映る自分のメモを確認した。


「これで次の準備も整ったはずだよな・・・」


声に出して自分を確認しながらヘッドセットをデスクの隅に置く。立ち上がって机の横に置いてあったマグカップを手に取る。コーヒーはもう冷め切っていたが、少しだけ飲み干して気を取り直す。


椅子に腰を下ろし、モニターの前に戻るとタスク管理ツールの画面を開きながらつぶやいた。


「さて、明日はデプロイ準備とAPIの確認と・・・」


明日の予定を記して仕事用のパソコンのシャットダウンボタンをクリックした。いつもの様にモニターが暗転し、ファンの音が静まると部屋に静寂が訪れる。


デスクの上に置いたヘッドセットを整えながら、ふと窓の外を見る。オフィスではなく自宅の仕事部屋にいる事を再認識し、肩を軽く回した。正樹はヘッドセットを丁寧に整えるとデスクの端にそっと置いた。


「この生活にもだいぶ慣れてきたな」


そう独り言をつぶやきながら立ち上がると腕を軽く伸ばした。肩から背中にかけてのこわばりが少しだけ和らぐ。


正樹が務める会社はリモートOK。出社したい人はすればいいし、リモートしたい人はすればいい。そういった世の中の流れに沿って、いつしか正樹も在宅で仕事をする様になった。


リビングへと足を運び、キッチンで新たにコーヒーを淹れる準備を始めた。湯気が立ち上るポットを見つめながら、彼は明日の予定について思いを巡らせる。




「さてと」


正樹は仕事モードから一瞬でスイッチを切り替えた。デスクに並ぶ無数のモニターの電源を次々に入れると、それぞれに光が宿り、暗かった部屋がディスプレイの輝きで照らされる。


「ここからは俺の時間だ」


彼はにやりと笑みを浮かべながら、デスクの端に置かれたゲーミングPCの電源ボタンを押した。瞬時にファンが回り始め、カラフルなLEDがピカピカと輝く。モニターの一つにゲーミングロゴが現れ、システムが立ち上がる様子を満足そうに見つめる。


正樹はお気に入りのメカニカルキーボードを軽く叩きながら準備が整っていく感覚を楽しむ。大音量で臨場感を楽しむ為に専用のゲーミングスピーカーをオンにした。椅子の背もたれを調整し、完全にリラックスできる姿勢を取ると、PC画面に映る起動画面がメニュー画面へと切り替わる。画面には、鮮やかなグラフィックで描かれた広大なファンタジーの世界が広がり、メニュー画面のBGMが部屋に響く。


正樹はマウスを握り、サイドボタンの感触を確かめながらアカウントにログインした。画面上には彼のアバターが表示される。重厚な鎧に身を包み、大剣を背負った戦士が彼の分身だ。




−−エクリプス・レクイエム

それは八年間の歴史を持ちながらも未だに衰えを見せないMMORPG。深いストーリーと多様な戦略性を誇り、サービス開始当初から熱狂的なプレイヤー層を抱えている。


このゲームの特徴はストーリーモードである「光の使徒編」「闇の契約者編」「銀色の調停者編」の分岐エンディング全て、三周クリアしなければオンラインモードに参加できないという厳しい門戸だ。しかし、その挑戦を乗り越えた者達は、共通の試練を乗り越えた仲間として強い結束を誇っていた。


正樹もその一人であり、このゲームでの名を「マサ」として知られるベテランプレイヤーだった。彼の声がゲーム内のギルドチャットを通じて仲間達に響く。


正樹はキーボードを叩いた。彼が今打っているのは今回のイベントでの新しい攻略作戦だった。エクリプス・レクイエムではイベントごとに追加される新コンテンツがギルド単位の戦略を試される内容となる事が多い。今回も例外ではなく、イベントの目玉として新たに「異界の塔」と呼ばれるダンジョンが開放されていた。


その名の通り、異界のエネルギーが漂うこの塔は、次元の狭間にそびえ立つ謎多き建造物だ。プレイヤー達は塔の階層を進むたびに難易度が跳ね上がる仕組みに直面し、各階層で待ち受ける敵やギミックを攻略しながら最上階を目指さなければならない。

塔の特徴的な要素として、「光」と「闇」のエネルギーが同時に作用する環境効果がある。塔の中ではプレイヤーの選択した陣営(光の使徒、闇の契約者、銀色の調停者)によって塔内でのバフやデバフが異なり、さらに階層ごとに異なるギミックが配置されているため、全員が同じ戦略では攻略できない仕組みになっている。


[自分]「今日は新しい作戦で行こうと思う」


正樹はゲーム用のヘッドセットをしっかり装着し、ボイスチャットを切り替えた。画面には壮大なフィールドが広がり、「エクリプス・レクイエム」のギルド拠点が描き出されている。ログインした仲間達のアバターが続々と表示され、活気づく光景を眺めながら、正樹は作戦の全体像を頭の中で整理していた。


[ヒューゴ]「で、その新作戦ってのは具体的にどんな内容なんだ?」


[自分]「今回は『異界の塔』の中層階を早期に突破するための戦術だ。単に戦うだけじゃなく、特定のギミックを最大限に活用する方法を試したい」


[ルナ]「ギミックね・・・・・・具体的には?」


[自分]「塔の階層ごとに設置されている『光と闇の紋章』を利用する。通常は片方だけを選ぶのがセオリーだけど、今回は両方を同時に活用していく」


[ヒロ]「おいおい、そんな事できんのか?リスクもデカそうだな」


[自分]「だから挑戦する価値があるんだ。成功すれば他のギルドが試していない攻略法を確立できる。報酬も期待できるしな」


正樹は画面上に共有マップを開きながら、各階層のギミックや敵の動きを示した戦術プランを仲間達に説明していく。


[ルナ]「なるほど・・・・・・でも光と闇を両立させるって、回復とバフの負担がかなり大きくなりそうだね」


[自分]「そこはルナの支援が鍵だ。厳しいのは分かってるけど、君ならできると思う」


[ルナ]「まあ、やるしかないか」


[ヒロ]「俺は前衛で敵のヘイトを引きまくるだけだろ?なら楽勝だ」


[ヒューゴ]「俺は障壁構築とギミック操作だな。どこでサポートが必要になるか事前に教えてくれよ」


[自分]「ここからが本番だ。全員、作戦通りに動け!」


正樹の冷静で力強い声がボイスチャット越しに仲間達へ響く。彼は目の前の画面を凝視し、敵の配置や仲間達の動きを瞬時に判断しながら次々と指示を飛ばしていった。

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