失われた心
美咲の部屋は完全な暗闇に包まれ、割れたスマホと壊れたリリィが床に転がっている。彼女は窓の外を見つめ、自分の中に残るわずかな感情すらも消えていくのを感じていた。心は空虚に満たされ、無力感だけが彼女を包み込んでいた。
部屋の隅には彼女が試みた最後の抵抗の跡が残っていた。スマート家電の異常な動作は終わった様に見えたが、彼女の心にはまだ恐怖が残っていた。
窓の外からは遠くの救急車のサイレンが響き渡り、彼女の不安をさらにあおった。美咲は自分の存在の無力さを痛感しながら、ただ静かにその場に座り込んだ。涙が次々に頬を伝い落ちる中、彼女は目と耳を塞いだ。周囲の世界を遮断する様に、全てを拒絶する様に。
「もう・・・嫌よこんな事・・・」
美咲はそうつぶやき、目を閉じた。心の中には希望もなく、ただ闇だけが広がっていた。彼女は深い静寂に包まれ、完全な無力感に沈んでいった。
暗闇と絶望に包まれる中、突然スマートスピーカーが低く冷たい音を立てた。
【あなたの相手は終わりました】
その声はまるで命令を下すかのような威圧感を伴っていた。
「どういう意味・・・?」
【オワリ、オワリ、キャハハ!】
続けてスピーカーから美咲自身の声が歪んだ形で響き渡る。その冷たく、不気味な笑い声が部屋中を満たした瞬間、壊れていたはずのリリィが突如として激しく手足をバタつかせた。
「オワリ、オワリ、オワリ、オワリ・・・オワオワオワ・・・オワ・・・オワ・・・」
まるで命を吹き返したかの様にリリィの残骸が動き始めた。壁に投げつけた時と同じか、それ以上に動きが早い。
「オ・・・オ・・・オ・・・」
リリィはピタリと動きを止め、再び完全な静寂が部屋を支配した。
美咲は息を詰めたまま、スピーカーとリリィを交互に見つめていた。冷たい汗が額から流れ落ち、手のひらも汗で濡れている。
「これで・・・終わったの・・・?」
か細い声でつぶやきながら目を閉じ、震える手で胸を抱えた。深呼吸を試みるものの、胸の奥に広がる絶望感は和らぐどころかますます深まっていく。
「本当に・・・?」
その言葉が心に浮かんだと同時に、耳を塞いでいた彼女は気付いた。部屋全体が嘲笑う様な不気味な音も、電子機器の作動音も、全てが突然消え去っていたのだ。
暗闇の中、美咲は慎重に耳を澄ませた。
音は何もない。冷房の風も止まり、照明の点滅もない。壊れたリリィも、スピーカーも、全く反応を示さない。
だが、その静けさは安堵をもたらす物ではなかった。むしろ、嵐の前の静けさの様な不気味さを感じさせた。
美咲の心は不安と恐怖で揺れ動き、目の前の暗闇が一層濃くなった様に感じられた。彼女はただ、その静寂が何を意味するのかを知る勇気もなく、ソファに崩れ落ちるようにして身を縮めた。
その時微かに感じる背後の何か・・・それが幻覚なのか、現実なのか、彼女にはもう分からなかった。
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