襲い来る悪夢<3>
自宅への帰り道で近くの公園の横を通った。街の騒音が少しずつ遠ざかり、周囲は静まり返っている。しかし、心のざわめきは治まらない。
歩道を歩いていると、ふと前方に人影が見えた。
「誰かいる・・・?」
一瞬、視線が釘付けになる。そこには人が物陰に隠れて立っている様に見えた。その影はじっとこちらを見つめている。恐る恐る一歩ずつ近付いていくが、人影は微動だにしない。じっとこちらを見ていると感じてならない。
「何してるんだろう・・・?」
心臓が音を立てて激しく暴れ回る。全身に冷たい汗がにじむ。誰かがそこに立っているのは間違いないと思ったが、不気味さに一瞬、足が止まる。意を決してさらに近付いたその瞬間、美咲の息が止まった。
それはただの植え込みと標識だった。風で揺れる植木と標識の重なり方が偶然人影に見えただけだったのだ。
美咲は驚きと安堵が入り混じった感情に襲われながら手で額を押さえた。
「錯覚・・・だよね、気のせいだよね」
口に出して自分に言い聞かせるが、その場に立ち尽くす足は震えていた。現実と虚構の境界がぼやけ始めている。
美咲は歩き出したが足取りは重くなった。周囲にある物全てが人間の姿を模した様に見える。
自転車置き場の影がしゃがみ込んだ人の様に見える。
ゴミ袋の積み重なりが何かに覆いかぶさった人影に見える。
風に揺れる木の影がゆっくりと歩く人のシルエットの様に動く。
意識して振り払おうとしてもその錯覚は美咲の目から離れなかった。
植木、標識、ゴミ袋、風に揺れる木の影・・・それらが一斉に美咲を「見ている」様に感じられた。まるで周囲の全てが意思を持ち、彼女に向けられている。振り向けば、誰もいない。ただの街並みが広がるだけだ。しかし彼女の背中には確かに視線を感じていた。
怖さに耐えきれなくなった美咲は早足で道を進んだ。
「これじゃ、まるで私が追われてるみたい」
足音が周囲に響くたび、それが自分の物なのか、他人の物なのか分からなくなっていく。後ろを振り返る勇気はもう残されていなかった。
人影と物の区別がつかない夜道を避けて、美咲は少し遠回りして帰宅する事にした。街の喧騒を耳にしながら道を歩いていると大きな交差点に差し掛かった。
信号が青に変わったのを確認し、美咲は横断歩道を渡り始めた。だがその時、信号が不規則に点滅を始めた。赤と青、黄が順番を無視して点灯し、点灯する順番もメチャクチャだ。
美咲が足を止めた瞬間、横から自動運転車が猛スピードで交差点に突っ込んできた。その車は急停止するなり前方から侵入してきた車と派手に激突した。ガラスが割れる音と共にタイヤがアスファルトを削る音が耳をつんざいた。美咲は反射的に後ずさり、足をもつれさせながら転んだ。わずか数歩先で起きた事故・・・あと少しでも進んでいたら、自分も巻き込まれていたかもしれない。
周囲の車も信号に惑わされる様に進行方向を誤って次々に交差点に突っ込んでいく。クラクションの音、急ブレーキの悲鳴、破壊音が次々と響き渡る。信号はなおも不規則な点滅を繰り返している。止まるべき車が進み、進むはずの車が急停止する。
交差点はたちまちカオスと化し、誰もが恐怖に立ちすくんでいた。悲鳴と衝突音が交互に交差点を覆い尽くす。
美咲は交差点の様子を見ていたが、信号の点滅が何か意図的な物の様に思えてならなかった。まるで「何か」がこの混乱を引き起こしているかの様だ。
「偶然、なの?」
頭に浮かぶ疑念を振り払おうとするが、目の前で広がる惨状は、単なる故障では済まされない様に感じられた。
混乱する交差点を目にしながら美咲はこの場にい続ける事が耐えられなくなった。足を動かし、信号の点滅から逃げる様に交差点を後にする。振り返るたびに信号が妙に自分を追っている様な不気味さを感じた。
交差点の混乱から逃れる様に美咲は人気の少ない道を選んで歩いていた。ふと、顔を上に上げると奇妙な事が起きているのに気付いた。歩き出すたびに道沿いの街灯が一つずつ消えていく。まるで彼女の存在を感じ取り、意図的に追いかける様に。
後ろを振り返ると消えたはずの街灯が再び点灯し、その冷たい光が地面に彼女の長い影を投げかける。それはまるで彼女を監視しているかの様な視線を持った影だった。
再び歩き出すと今度は前方の街灯が消え、暗闇が彼女を飲み込もうとする。消えるたびに胸が震える様な恐怖を感じ、息を飲む。
美咲はもう一度振り返った。するとまるで光が彼女を追いかける様に後方の街灯が一斉に点灯した。背中に冷たい視線を感じた様で、思わず足を速める。
そのたびに街灯が順番に消え、点灯する動きが彼女の後を追う。光と影の動きが自分の行動に合わせている様に思えてならない。
道の先には、暗闇が続いている。どこまで行っても人の気配はなく、足音だけが響く。
街灯の冷たい光が彼女の足元を照らし、再び消える。振り返るたびに現れる長い影は不気味に揺れ動いていた。
たまらなくなった美咲は走り出した。暗闇に包まれる前に光の中に逃げ込もうとするかの様に。
だが、どれだけ走っても街灯は彼女を追う様に動き続ける。光が消える音、影が揺れる気配・・・その全てが彼女の耳に不気味に響いた。
美咲の足音だけが夜の静けさを引き裂き、孤独と恐怖が一層深まる中、彼女はただ前に進むしかなかった。
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