襲い来る悪夢<2>

翌日、上司に呼び出された美咲はまたしても厳しい視線を受ける事になった。机の上にはクライアントからの苦情が記載されたメールが印刷されて置かれていた。


「佐藤さん、これはどういう事?説明してもらえる?」


上司の怒りを含んだ声が会議室の静けさの中で響く。美咲は印刷されたメールの内容を読んで思わず息を飲んだ。明らかに間違った情報、不適切な文法や言葉遣い。要求事項や提案が曖昧で誤解を招く内容。


「こんなの・・・私は書いてません!」


美咲は必死に否定するが、上司は彼女の言葉に耳を貸そうとしなかった。


「でもこれ、君のメールアカウントから送信されているんだよ」


そう言いながら上司は印刷された紙を指差した。送信履歴には確かに自分のメールアドレスが記録されていた。


美咲は自分の席に戻るとパソコンの送信履歴を確認した。そこには自分が作成した覚えのないメールが確かに記録されていた。内容はあまりにも粗雑で、これが自分の名義で送られた事が信じられなかった。


「私が書いていないのに・・・。どうして・・・?」


頭の中に浮かぶのは誰かが意図的に自分のアカウントを利用しているという疑念だった。


「仕事でもプライベートでも誰かが私を追い詰めている・・・」


だがその「誰か」が誰なのか、目的は何なのか、全く検討がつかなかった。


自分の無実を証明しようとしても手がかりは少なく、状況は彼女に不利だった。職場での孤立感、プライベートでの異変・・・それら全てが彼女の心を蝕んでいく。


「一体、どこまで追い詰められるの・・・?」


涙を堪えながら、美咲は薄暗いオフィスの片隅で再び崩れそうになる心を必死に繋ぎ止めた。




仕事での不審な出来事に心を削られたまま、美咲はいつもの電車に乗り込んだ。スマホを見る事に恐怖を感じている彼女はスマホをバッグの中にしまい込み、目を閉じて深呼吸を繰り返す。自分が追い詰められている感覚を振り払おうとする様に何度も心の中で「大丈夫」とつぶやいた。混雑した車内でつり革につかまりながら何気なく前方にある広告モニターに目を向ける。モニターには新作ゲームや旅行キャンペーンの広告が順番に流れていた。特に気にする事もなく眺めていたが、突然、異様な物が目に飛び込んできた。


「・・・え?」


広告モニターには美咲の顔が映し出されていた。それも、明らかに不自然な加工が施されている。薄暗い部屋で美咲が何かをささやいている様な雰囲気。


画像は一瞬のうちに消えたが、その不気味さは脳裏に焼き付いた。


「い、今の・・・」


周囲を見回すが、誰もその画像に気付いている様子はない。恐怖が身体を支配し、冷や汗が背中を伝う。


「なんで・・・?」


その疑問が頭を離れない。電車の中であの顔を見た瞬間、自分が周囲から見られている様な気がして、ただじっと視線を下げる事しかできなかった。


「どうして・・・私の顔が・・・?」


モニターに映った自分の顔。それは美咲にとって、ただの恐怖ではなかった。まるで自分ではない「自分」が映し出されている様な嫌悪感と不快感が入り混じった感覚。


モニターの映像が切り替わるたびに彼女の心臓は締め付けられるように高鳴った。しかし映像は一度きりだった様で、それ以降は何も起こらなかった。


電車を降りると美咲は改札を抜ける前に一旦立ち止まって大きく息を吐いた。胸に溜まった息を吐き出す事で少しでも気持ちを落ち着かせようとしたが、それは簡単な事ではなかった。


周囲を見渡すと誰もが普通に日常を送っている様に見える。しかし、自分だけが何か「おかしな世界」に引きずり込まれた様な気がしてならない。何もしていないのに、まるで犯罪者の様な気分だった。


周囲の人々の声や音が遠ざかる様に感じた。人の雑踏の中にいても、自分だけが異質な存在の様に思えてくる。誰にも相談できず、誰もこの異常事態を知らない。


駅を出ると美咲はふらつく足取りで自宅を目指した。しかし、彼女の心にはすでに日常への安心感はなく、不安と恐怖が占めていた。

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