迫りくる脅威<2>
バッグやコートが勝手に送られてきた奇妙な出来事の後、またしても美咲の元に異変が訪れた。その日の夜、突然インターホンが鳴り響いた。
「どなたですか?」
「ゴールド寿司です」
モニター越しに見えたのは寿司の宅配スタッフだった。彼は笑顔で大きな寿司の宅配バッグを抱えてオートロックの前に立っている。
戸惑いながら扉を開けた美咲はスタッフに問いかけた。
「すみません、私、注文した覚えがないんですが・・・」
スタッフは注文内容を確認する為にタブレットを操作しながら答える。
「えっと、確かに『佐藤美咲様』というお名前でネット注文されています。お届け先もこちらのご住所で間違いありません」
その言葉を聞いた美咲はさらに困惑した。
「でも、私、本当に頼んでないんです」
寿司の宅配スタッフも困った顔をしながら説明を続けた。
「まぁ、こちらはカード払いが完了してるので代金の問題はありませんがね。どうします?」
美咲は顔から血の気が引くのを感じながら再びスマホを取り出した。そしてクレジットカードのアプリを確認すると案の定、注文履歴が記録されている。
「また・・・」
美咲の心臓が早鐘を打つ。自分がバッグやコートを買った覚えがない様に、この寿司も注文した覚えは一切なかった。
「誰がこんな事をしているの?」
美咲の中に再び疑念が膨らむ。何者かが彼女のカード情報を操作し、まるで自分が望んでいる様に見せかけて物を送りつけている。その目的が全く分からない事が彼女の恐怖をかき立てた。しかし宅配スタッフの手前、強く否定する事もできず、美咲は仕方なく寿司を受け取った。
「ありがとうございます・・・」
玄関のドアを閉めた後、美咲はテーブルの上に寿司桶を無造作に置いてしばらくそれを眺めた。
バッグ、コート、そして寿司・・・。これらの出来事は偶然ではあり得ない。誰かが美咲の生活に意図的に介入している事は明らかだった。しかし、どこから、誰が、何の為に・・・その答えが全く見えない。
「仕方ない。これもアップするか」
そうつぶやきながら、スマホを手に取ってテーブルに寿司の桶を置いた。色とりどりの新鮮なネタが綺麗に盛り付けられている。見た目は美しく、写真映えする事は間違いない。
彼女はスマホのカメラを起動し、角度や照明にこだわりながら何枚か写真を撮った。寿司が美味しそうに見える様に箸をそっと添えたり、醤油の小皿を配置して彩りを加えた。
写真を撮り終えた美咲は、どんな投稿文にするか迷った。真実を書くわけにもいかないが、不自然に見えるのも嫌だった。
「おいしいお寿司を楽しみました 贅沢なディナーにぴったりの特上寿司セット #特上寿司 #贅沢ディナー」
投稿文を慎重に選びながら、美咲はあたかも自分が注文したかの様なキャプションを添えた。
投稿がアップされると、すぐにコメントが寄せられ始めた。
「美味しそう!@misaさんのセンス最高!」
「どこのお寿司屋さんですか?食べてみたい!」
「こういう贅沢なディナー憧れます!」
一見するとフォロワー達はいつも通りポジティブな反応をしているかに見えた。しかし、その中には冷やかしや皮肉めいたコメントも混ざっている。
「贅沢すぎじゃない?最近やりすぎじゃない?」
「@misaさんってこんなタイプだったっけ?」
そういったコメントはともかく、とりあえずこの寿司をどうするのかという問題を片付けなければならない。一人で食べるのは絶対無理。そう感じた美咲は奈々美を呼び出す事にした。電話で事情を簡単に説明すると奈々美は少し面倒くさそうな声を出しながらも家に来てくれた。
家に入るなり寿司桶を見た奈々美は目を丸くした。
「なんで寿司をこんな大きな桶で頼むかなぁ。何人分よ、これ」
美咲は苦笑しながら箸を手に取った。
「私が頼んだわけじゃないの。勝手に届いたんだって」
奈々美は寿司を一つつまみながら、首をかしげた。
「バッグとかコートとか勝手に届く話は聞いたけど、今度は寿司?ほんと、悪質だよね」
二人で寿司を食べながら美咲はこれまでの出来事を奈々美に詳しく話した。
「でもカード履歴にはちゃんと記録されてるんでしょ?完全に美咲が買った事になってるの?」
「そう、誰かが私を操作してるみたいで怖い」
「カード情報を盗んで自分の為に使うなら分かるけど、なんで美咲に送りつけてるのかが謎ね」
奈々美は寿司を口に運びながら、考え込む様にうなずいた。
「警察とかに相談した方がいいんじゃない?これ、普通じゃないよ」
「でも証拠がない。警察に行ったところで、『勝手に寿司が届いた』なんて言っても相手にされないよ」
奈々美は溜め息をつきながら、さらに寿司を一つつまんだ。
「まあ、確かにね。でもさ、こうして黙ってても何も解決しないよ。次は何が届くか分からないし」
二人で寿司を食べ終える頃には少しだけ美咲の緊張がほぐれていた。問題が解決したわけではないが、奈々美と話せた事で少なくとも一人で抱え込む孤独感からは解放された。
バッグやコートや寿司が届く謎の状況に翻弄される中、謎の投稿はさらにエスカレートしていった。今度は動画の投稿が美咲のアカウントにアップされる様になり、より悪質でリアリティを持った物になっていった。
例えば飲み屋で店員の頭をビール瓶で殴りつける動画。
例えば犬を飼い始めてまだ三日だというのに懐かないという理由で保健所に連れて行った動画。
例えば電動キックボードで車道の真ん中を逆走している動画。
「@misaさんがこんな事するなんて信じられない」
「これは完全にアウト」
「絶対に許せない」
美咲はこれらの動画をすぐに削除しようとするが、投稿は次々に拡散していった。動画の内容があまりに鮮明でリアルな為、言い訳をしても「言い逃れ」と取られる事を恐れた。
「これじゃ私が本当にやったみたいじゃない」
動画を見た人々は信じたくない気持ちを抱きつつもそのリアルさに疑いの余地を持たず、彼女を断罪し始めた。
美咲は動画を確認するたびに恐怖と不安で心が押し潰されそうになった。SNSでの注目を浴びる事は美咲にとって最初は嬉しい事であり、フォロワー数の増加に喜びを感じていた。
しかし今やその注目は彼女にとって恐怖の源となり、どんどん冷たい目で見られる様になっていった。非難の声が増え続ける中、美咲はフォロワーが自分から離れていくのを感じた。SNSで築き上げてきた「注目される事の喜び」は、今や「注目される事の恐怖」へと変わっていた。
「これは私じゃない・・・。でも、どうやって証明すればいいの?」
彼女はすがる様な思いでスマホを見つめたが、SNSの通知は止まる気配を見せなかった。
すぐにSNSの運営に連絡を入れ、何者かの不正アクセスによるものなのか詳細な調査を依頼する。しかし返信は形式的な物で、「調査には数日かかる場合があります」と書かれているだけで、事態が収束する見通しは立たなかった。
「こんな動画まで作るなんて、どうしてここまで・・・」
部屋に響く通知音と非難のコメントに美咲は次第に追い詰められていった。動画は自分ではないと確信しているが、それを証明する術もなければ、フォロワー達の信頼を取り戻す方法も分からなかった。
美咲は次第に自分の周りの世界がどんどん歪んでいくと感じていた。どこに行ってもその恐怖から逃れられないという絶望感に襲われていた。
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