迫りくる脅威<1>

−−数日後


仕事から帰宅した美咲は再び郵便受けに目をやった。そこにはまたもや不在票が入っていた。


「また・・・?」


不安と興味が交錯する中、彼女は宅配BOXを開けた。中には大きめの箱が入っていて、ブランド名が印刷された紙袋が見えた。


紙袋を引き出して確認するとそれは高級ブランド「ファンガイア」のロゴが目に飛び込んできた。ファンガイアは上質なコートで知られる一流ブランドだ。彼女はそのタグを見て溜め息をついた。


「私には手が届かないブランドなのに・・・」


紙袋から出してみると中にはまるで展示品のように美しいコートが丁寧に畳まれて入っていた。肌触りの良いウール素材で、シンプルながらも気品あるデザインが特徴的だ。


購入履歴を確認した後、念の為メールの迷惑フォルダを覗いてみると、予想通り「ファンガイア公式ショップ」からの購入完了メールが届いていた。内容は前回のバッグのメールと同様に公式らしく見える物だった。


心臓が早鐘を打つ中、美咲はスマホを取り出し、クレジットカードのアプリを開いた。


「また私のカードで支払われてる」


予想通り、数日前にファンガイアの公式オンラインショップでコートが購入されている履歴が表示されていた。金額はバッグ以上の高額で、美咲の心臓はさらに強く締め付けられる。


購入履歴には再び彼女の名前と住所が登録されていて、完全に自分が買った事になっている。


美咲はコートを目の前にして、どうすべきか悩んだ。


「またSNSにアップすればあの投稿者が反応してくるかもしれない」


美咲は慎重にコートをきれいに撮影してSNSにアップした。


「ファンガイアの新作コートが届きました 冬に向けてぴったりの一着! 素敵なデザインと肌触りが最高です #ファンガイア #冬コーデ #大人女子」


投稿はすぐに注目を集め、フォロワーからの好意的なコメントが次々に寄せられた。


「めちゃくちゃ似合いそう!センス良すぎ」


「バッグとのコーデ最高!」


「このブランド、憧れです!」


高級バッグに続き、今度はコート。謎の投稿者が美咲の日常にさらに深く入り込んでいる事は明らかだった。


「このままでは次に何が起こるか分からない」


彼女は震える手でクレジットカードの利用停止手続きをしようとクレジットカードのアプリを開いた。だが、そこに表示された情報を見て彼女の心臓は再び激しく鼓動を打った。


「限度額が30万から100万に上がってる・・・?」


30万円の限度額だったカードが突然100万円に設定されていた。美咲は何度も画面を見直したが、表示されている数字は間違いなかった。


限度額が上がる事自体は珍しくはない。カード会社が利用者の支払い実績や信用情報に基づいて自動で増額する事もある。しかし普通なら20〜30万程度のはずで、これまで大きな額を利用してこなかった美咲にとってあまりにも唐突で不自然だった。


スマホの画面に映る「限度額100万円」という数字を眺めながら、美咲の手は微かに震えていた。息を吸い込むと胸が苦しくなる。冷や汗が額を伝い、視界の端がぼんやりと滲んでいくような感覚に襲われた。


「こんなに急に上がるなんて、あり得ない・・・」


言葉にならない疑問が頭を埋め尽くす。美咲は一度深呼吸を試みたが、空気が胸にうまく届かない。心臓は早鐘のように鼓動を刻み続けている。


彼女はアプリ内の通知やメールを確認したが、増額についての事前連絡やメッセージは一切届いていない。通常であれば限度額変更の通知があるはずだ。さらに不審な事にアプリの設定画面では増額された限度額が「お客様の希望により変更済み」と表示されていた。


美咲はすぐにカード会社に連絡するべきか迷った。バッグやコートの購入がカードで行われた事を考えると、この状況が偶然ではないはずだ。


「私以外の誰かがカードを使うとしたら?」


彼女はふと、増額の手続き自体が自分以外の誰かが勝手にやった可能性を考えた。目的は30万ではなく、引き上げられた限度額、100万円の方。上がった70万円分を好き放題使われるのだとしたら?その可能性は十分に考えられる。


思考は次第に暗い方向へと引きずられる。何度も自分自身に「大丈夫」と言い聞かせようとするが、心の中の不安は雪崩のように膨れ上がり、彼女の理性を飲み込んでいく。


美咲はもう一度、クレジットカードのアプリ画面をスクロールした。しかし、それ以上の情報はなく、全て自分の行動として記録されている。


「こんなの・・・おかしい」


声を出しても部屋には誰もいない。ただ自分自身の耳に届くだけの叫びが逆に彼女の孤独を際立たせた。


「ミサキ、ダイジョウブカ、ミサキ」


リリィが心配しながら美咲の所にやってきた。


一瞬、彼女の頭に「夢なら覚めてほしい」という浅はかな願いが浮かんだ。しかし、スマホの冷たい感触が現実である事を否応なしに突きつけてくる。


喉が渇き、声もかすれていく。答えのない問いを繰り返すうちに、まるで部屋そのものが自分を押し潰そうとしているような圧迫感を覚えた。




美咲は深く息を吸い込みながらスマホを握りしめた。バッグやコートの購入が記録されているだけでなく、限度額の変動まで自分がやった事として記録されている。頭を抱えながら彼女の中に一つの疑問が浮かび上がった。


「誰がこんな事を・・・?」


全ての出来事が自分の意志とは無関係に進んでいる事に美咲の心には再び深い恐怖が広がった。

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