忍び寄る影<1>
翌朝7時、リリィの優しい声が美咲を起こした。
「オハヨウ、ミサキ、オハヨウ」
「おはよう、リリィ」
彼女はカーテンを開けて窓の外を見る。朝日が部屋に差し込み、撮影には絶好のコンディションだ。
キッチンに向かい、冷蔵庫から昨夜用意したレインボースムージーボウルを取り出す。色鮮やかな層が美しく輝いている。周囲には新鮮なフルーツやミントの葉を飾り、全体のバランスを整えた。自然光が食材を柔らかく照らし、写真映えするシーンが出来上がった。
「よし!」
スマホを手に取り、様々な角度から撮影を始める。俯瞰ショット、斜めからのアングル、クローズアップでテクスチャーを強調したカット。何枚も撮影した中からベストな一枚を選び、フィルターや明るさ、コントラストを微調整して仕上げる。
「カラフルな朝食で一日をスタート!レインボースムージーボウルを作ってみました。皆さんも素敵な一日を! #朝ごはん #ヘルシーライフ #映える食事」
キャプションを入力し、投稿ボタンを押すと、すぐにフォロワーからの「いいね!」やコメントが増えていく。
「すごくキレイ!」
「真似してみたいです!」
「見ただけで元気になれそう!」
美咲はその反応を見て、満足そうに微笑んだ。彼女の努力が多くの人に喜ばれていることが実感できる瞬間だった。
スムージーボウルをゆっくりと味わいながら、今日の予定を確認する。今日は社内の会議があり、気持ちを引き締める必要がある。
「今日も晴れ。最高気温は25度か。軽めのジャケットでいいかな」
朝食を終え、身支度を整えた美咲はスマートミラーの前でナチュラルなメイクを施す。アクセサリーもシンプルなものを選び、全体のコーディネートを完成させた。
「リリィ、行ってくるね」
「イッテラッシャイ、ミサキ、イッテラッシャイ」
玄関を出ると爽やかな朝の空気が彼女を包み込んだ。太陽の光が街を照らし、人々がそれぞれの一日を始めている。
駅に向かう途中、美咲は再びスマホでSNSをチェックした。投稿への反応はさらに増えており、フォロワーからの温かいコメントが彼女の心を満たしていた。
朝のラッシュアワーは今日もピークに達していた。美咲は駅に向かう途中、爽やかな朝の空気を感じながら歩いていた。昨日の出来事や新しい出会いへの期待が彼女の足取りを軽くしている。
駅に到着すると、ホームには通勤客で溢れていた。人々のざわめきや足音が響き渡り、電子掲示板には次々と電車の到着情報が表示されている。美咲は列に並びながらスマホでSNSのコメントをチェックした。
「一番線に電車が到着いたします。黄色い線の内側までお下がりください」
アナウンスが流れ、電車が滑らかにホームへと入ってきた。無人運転の車両は正確に停車位置に止まり、ドアが開く。美咲は人々の流れに乗って車内へと入った。車内は既に多くの乗客で混み合っており、立ち位置を確保するために微妙なバランスを取る必要があった。美咲は吊革を掴みながら、再びスマホの画面に目を落とした。スクロールするたびに
「朝から元気をもらいました!」
「misaさんの投稿を見るのが日課です!」
といったコメントが目に入る。その一言が美咲の心を温かくした。
その時、美咲のスマホに新たなメッセージの通知が届いた。見てみるとまた差出人不明のメッセージが一件。彼女は不安な気持ちを抱きながら、添付された画像をタップして開いてみた。
「え?何これ・・・?」
そこには胸をはだけた自分の写真が映っていた。昨日の雑なアイコラ画像より鮮明にコラージュされている。気にしていた胸の大きさも昨日の画像より自分の大きさに近くなっている。その写真に美咲は困惑した。
「一体誰が・・・?」
彼女は深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしたが不安は増すばかりだった。誰かが自分を狙っているのではないかという疑念が頭をよぎる。近くにいる誰かの仕業かと思い、周囲の乗客を見回してみるが、彼等はそれぞれのスマホに集中していて彼女の異変に気付く者はいない。美咲は再び深呼吸をし、スマホをバッグにしまった。窓の外に目を向けると都会のビル群が流れていく。普段は何気なく見ている景色も、今はどこか遠く感じられる。
「今日もレインボーラインにご乗車いただき、ありがとうございます・・・」
車内のアナウンスが流れ次の停車駅を告げた。美咲は降車の準備を始め、バッグのストラップを握りしめた。
–昼休み
美咲はカフェのテーブルで奈々美にスマホを差し出して、今朝届いた自分の写真を奈々美に見せてみた。
「何これ、自撮り?大胆」
「違うよ。昨日の雑なアイコラ画像あったでしょ。今朝も同じ様なのが届いたのよ。しかも昨日より上手くなってるの」
美咲は不安そうな顔で続けた。
「私、こんな写真撮った覚えはないし、一体誰がこんな事をしているのか分からないの」
奈々美は真剣な表情になり、画面をじっと見つめた。
「どうしたらいいんだろう。警察に相談すべきかな?」
美咲の声には震えが混じっていた。
「ストーカーの線も薄そうだし、証拠がこれだけだと動いてくれるかどうか微妙かも。誰かのイタズラで済ませそう」
「やっぱり運営に報告するか、ブロックするしかないかな?」
「そうだね、まずは自分にできる事から始めようよ」
美咲はまずその差出人不明の相手をブロックする設定をした。次にSNSの運営に不審なメッセージを報告する為のフォームを開き、詳細な説明を何度も見ながら入力した。送信ボタンを押して画面に「送信完了」のメッセージが表示されたのを確認する。
「これで大丈夫かな」
美咲は深呼吸をして自分を落ち着かせた。運営に話をすれば何らかの対策は講じてくれるはず。仕事に集中する事で気持ちに切り替えたが、この不審なメッセージが頭の中で何度も繰り返されていた。
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