なにげない日常<4>

美咲は帰り際、駅前のスーパーに入った。店内は穏やかな音楽が流れ、新鮮な食材が色とりどりに並べられている。照明が優しく食品を照らし、その鮮やかな色合いが美咲の目を引いた。


「明日の朝食は何にしよう」


美咲はスマホで写真映えしそうな朝食のレシピを探し始めた。


「レインボースムージーボウルか・・・。やってみるか」


美咲はカゴを手に店内を歩き回って食材を探す。


「ストロベリー、ブルーベリー、マンゴー、キウイ、ドラゴンフルーツ・・・。レインボースムージーボウルに必要なフルーツはこれで全部かな」


彼女は一つ一つのフルーツを手に取り、熟れ具合や傷がないかを確かめながらカゴに入れていく。次にヨーグルト売り場に向かい、無糖のギリシャヨーグルトとココナッツヨーグルトを選んだ。グラノーラの棚ではオーガニックのハニーローストグラノーラを手に取り、ナッツやドライフルーツがたっぷり入った物を選ぶ。


「トッピングには何がいいかな。チアシードとココナッツフレークもあると映えそう」


彼女はさらにチアシード、ココナッツフレーク、ミントの葉もカゴに入れた。店内を歩きながら明日の朝食の完成イメージがどんどん膨らんでいく。


美咲はスマホを取り出し、購入した食材の写真を撮影した。買い物中の様子をストーリーズにアップし、フォロワーとリアルタイムで共有する。


「新しいレシピに挑戦します!お楽しみに! #買い物中 #ヘルシーライフ」


無人レジに並びながら彼女は投稿への反応を待つ。


「楽しみ!」


「何作るの?」


といったコメントが寄せられ、美咲の心は期待で満たされた。


支払いを済ませ、バッグに食材を詰め込むと店を出た。外はすっかり夜になり、心地よい風が頬を撫でていく。街灯が点灯し始め、帰宅を急ぐ人々の姿が行き交っていた。




「オカエリ、ミサキ、オカエリ」


スマホで家の鍵を解錠するなり玄関までリリィが迎えに来る。ぎこちない動きではあるものの、そこに愛嬌を感じる。


スマート家電が美咲の帰宅を感知して照明を柔らかく光らせる。美咲は部屋に入り、ソファに深く腰を下ろしてBlu-rayレコーダーのリモコンを手に取った。録画予約していたドラマを再生し、静かな夜を楽しむ。ドラマの音楽が部屋に流れ込み、彼女の疲れた心を癒してくれる。


だがその時、不意に背後から自分の声に似た一言が聞こえた。


「ミサキ・・・」


「え?」


美咲は思わず音がした方向を振り向くと、そこにはスマートスピーカーが置かれていた。しかしそれは普段と変わらず静まり返っており、パイロットランプは消えていて電源OFFを示している。彼女は首を傾げながらスマートスピーカーを確認した。


「気のせいか」


立ち上がった美咲は明日の朝食の準備を始める。ミキサーを準備し、ストロベリー、マンゴー、キウイ、ブルーベリー、ドラゴンフルーツ等、それぞれ色の異なるフルーツを個別にブレンドしていく。カラフルなスムージーが次々と出来上がり、それをグラスに層状に注いでいく。


「思ったよりキレイにできたかな」


完成したレインボースムージーボウルはまるでアート作品の様だった。彼女はトッピングにグラノーラやココナッツフレーク、ミントの葉を添えて、さらに美しく仕上げる。


「これなら明日の朝、いい写真が撮れるでしょ」


美咲は出来上がったスムージーボウルを冷蔵庫に入れてキッチンの片付けを始めた。シンクに溜まった食器を食洗機に入れ、カウンターを綺麗に拭く。それが終わるとテーブルを撮影スタジオに見立て、背景や小物を丁寧に配置していく。全てが整ったところでホッと一息ついた。


「早起きして自然光で撮影するか。フォロワーの反響も増えるはずだよね」


一日の終わりに美咲はシャワーを浴びにバスルームに入った。鏡で自分の身体を見てみると、昼に送られてきた雑なコラージュ画像を思い出す。彼女は自分の胸にそっと触れてみた。


「やっぱり私の胸はあんなに大きくない」


その言葉は自嘲気味でもあり、どこか渇望の響きを帯びていた。美咲は軽く溜め息をつき、シャワーを浴び始めた。温かい水が身体を包み込み、一日の疲れを洗い流してくれる。


シャワーを終えると美咲はタオルで髪を乾かしてパジャマに着替えた。


「電気消して」


スマートホームの照明が徐々に暗くなり、就寝モードに切り替わる。


「リリィ、明日の朝は7時に起こしてくれる?」


「アラーム、セット、オヤスミ、ミサキ、オヤスミ」


「お休み、リリィ」


美咲はベッドに身を委ねながら軽く目を閉じた。目を閉じると、リリィの小さな機械音や、窓の外から聞こえるわずかな風の音が耳に届く。


彼女の意識は徐々に薄れていく中で、昼間の出来事や仕事、SNSでの交流が一つの塊のように浮かび上がり、やがて静かに消えていった。柔らかな布団に包まれ、美咲は深い眠りの中へと引き込まれていった。

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