なにげない日常<2>
10時になるとオンライン会議上に準備していたルームに同僚やクライアントが次々と入室してくる。
「ヒューマギアの佐藤と申します。今日は新しいマーケティングキャンペーンについてご提案させていただきます。よろしくお願いします」
スライドが共有され、プレゼンテーションが始まる。美咲が用意した資料は視覚的に分かりやすく、データやグラフが要点を的確に示していた。明確な説明に加え、落ち着いた声色と自信に満ちた話し方がクライアントに安心感を与えていた。
途中、クライアントからの質問がいくつか投げかけられたが美咲はそれらに即座に答え、的確なフォローを加えた。彼女の対応力にクライアント達は好印象を抱いている様だった。
「素晴らしい提案でした。一度チーム内で協議し、こちらの課題をリストアップさせていただきます」
会議の終盤、クライアントの一人がそう言うと、美咲は内心ほっとしながら感謝の言葉を述べた。オンライン会議が終了すると少し緊張が解けた彼女はヘッドセットを外して深呼吸をした。
「なんとかうまくいったかな」
オンライン会議が終わると美咲は自販機でコーヒーを買って一息ついた。プルタブを引いて一口飲むと、やはり家で飲むコーヒーとは比べ物にならない位味が違う。複雑な心境を抱えたまま議事録の作成に入った。
−−昼休み
同僚の東山奈々美と会社の入口で待ち合わせをしてランチ。二人はいつも通っているカフェに入った。店内に入ると木目調のインテリアが広がる落ち着いた雰囲気と香ばしいコーヒーの香りが二人を迎え入れた。美咲と奈々美はそれぞれタブレット型のメニューを手に取り、注文を考え始めた。
「今日はサラダとグリルチキンにしようかな」
奈々美はタブレットのメニューを確認しながら話した。奈々美はメニューを確認しながら、ランチプレートの画像を指差した。
「いいね、ヘルシーだね」
やがて彩り豊かなランチがテーブルに運ばれてきた。グリルチキンはジューシーな肉に香ばしい焼き目が付いており、横に添えられた新鮮なサラダが彩りを加えている。
写真を撮る為に美咲はスマホを取り出し、カフェの柔らかな照明を活かしつつ、画角や配置にこだわりながら何枚か撮影した。
「新しいランチメニューを試してみました! #ヘルシーランチ #今日のごはん」
美咲がキャプションを入力して投稿ボタンを押すとすぐに「いいね!」やコメントが増え始め、彼女の顔には満足感が広がった。二人はゆっくりと食事を楽しみながら仕事の話や最近の出来事について語り合った。店内に流れるジャズの穏やかなメロディーと共に彼女達の笑い声がカフェの空間に溶け込んでいった。
「あ、食後のコーヒー来たよ」
奈々美の言葉に美咲は顔を上げた。ウェイターがテーブルに二人分のドリンクを置いた。奈々美が頼んだラテにはヤシの木をイメージした手の込んだラテアートが施されている。それに対して美咲が頼んだのは何の変哲もないアイスコーヒー。美咲は奈々美が頼んだラテの方を撮影してSNSにアップした。
「なんで私が頼んだコーヒー撮ってるのよ。自分が頼めばいいじゃない」
「私が猫舌って知ってるでしょ。それにこんなの撮ったって誰も喜ばないよ」
「だからと言って無理に写真撮る必要もないでしょうに」
「SNSは私にとって魂なのよ」
「その熱意の一部を仕事に向けてほしいもんだ」
「私そんなに仕事してない様に見えるかなぁ。今朝のプレゼンだって気合入れたんだけど」
奈々美は自分のカフェラテを口に運びながら美咲を横目で見た。その集中ぶりに彼女のSNSへの情熱がただの趣味ではなく、生活の一部として根付いている事を感じた。
「ま、それで元気出るならそれもいいけどね。でも、たまには現実も忘れないでよ」
奈々美の声には優しさと少しの心配が混じっていた。
「分かってるよ。ほら、こうして奈々美とランチしてる時間も私にとって大事なんだから」
「私の顔を見て言ってほしいんだけど」
奈々美の言う通り、美咲の視線はスマホの方に向いている。
そこに一通のメッセージが届いた。美咲がメッセージを開くと添付された画像が表示された。画像にはかなり雑に切り抜かれた彼女の顔が写っており、どこかのモデルと合成されている様だった。
「なんじゃこりゃ」
美咲は眉をひそめ、不快そうに画面を見つめた。その表情を見た奈々美もスマホを覗き込み、画像を確認する。一瞬の沈黙の後、奈々美は吹き出すように笑い始めた。
「ただのいたずらだよ。誰かが面白がってやったんじゃない?」
「そうね、それに」
「それに?」
「私の胸はこんなに大きくない!」
気にするのはそこかぁ。奈々美は大きく溜め息をついた。
「まあ、ネット上では色々な人がいるから。深く考えなくても大丈夫だよ」
そうだね。インターネット上では匿名性が高いから、こういう事も起こりやすいよ」
美咲も笑顔を取り戻してメッセージを消去した。
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