01-19.混乱の中の気配

 研究所の中では、異常事態が次々と起きていた。機械が警告音を鳴らし、赤い警報灯がフロア全体を不気味な光で照らし出す。


「制御不能です! 第3実験区画が爆発しました!」


「何者かが侵入した可能性がある! 警備を増強しろ!」


 研究員たちの声が遠くで交錯する。彼女にはその言葉の意味は分からなかったが、事態が急速に悪化していることだけは理解できた。


 爆発音が突然、廃棄場を震わせ、地面が激しく揺れた。空気が裂け、巨大な衝撃波が波紋を広げていく。彼女はその場に立ちすくみ、恐怖と混乱に包まれた。目の前の空間がゆっくりと歪み、瓦礫がれきが天を突き刺すように飛び散り、轟音ごうおんが耳を貫く。


 その時、足元のカプセルから感じた不思議な温かさが消えた。カプセルが微かに震え、周囲の光が一瞬で変わり、爆風の衝撃を受けて割れた。強烈な風が吹き荒れ、次々と瓦礫がれきが落ちてきて、彼女をおおい隠しそうになる。


「ミラ……」


 その名前を呟いた瞬間、彼女は無意識にカプセルをしっかりと握りしめた。しかし、カプセルが激しく揺れると、彼女の手から逃げるように転がり、砕けてしまった。カプセルが割れ、その中の光が散り散りに散っていく。彼女は息を呑んでその光景を見守った。


「ダメ……!」


 その時、カプセルの中からかすかな光と共に、ミラの声が聞こえた気がした。しかし、それは遠くから聞こえるような幻聴げんちょうのようで、確かにとらえることができない。彼女は必死にカプセルを拾おうとしたが、爆風が再び押し寄せ、身体を押し倒すように力が加わった。


 そして、そのカプセルが爆風に巻き込まれ、壊れていく音が響いた。彼女の手が空を切る。目の前でカプセルが粉々になり、光が消えていった。


 その瞬間、彼女の胸に強い空虚感くうきょかんが広がった。大切に抱きしめていた物が失われ、心が無力に引き裂かれていく感覚に包まれた。目を閉じると、まだ耳の奥でミラの声が響いている気がする。だが、その声は彼女の手には届かない。


「生きなさい」


 その言葉が、遠くから聞こえたような気がした。ミラが最後に伝えたその言葉が、今、彼女に向けられているかのように感じた。


 爆風が収まり、ようやく立ち上がることができた。カプセルを失ったその瞬間、彼女は強くちかった。ミラの言葉を無駄にするわけにはいかない。どんなことがあろうとも、生き抜かなければならない。今の彼女にはそれしかない。生きること。それだけが、ミラの願いだと感じ取った。


 無情に壊れたカプセルの残骸ざんがいを一瞥した後、彼女は足を踏み出した。その手に持っているのは、ミラの言葉だけ。どんなに闇が深くても、どれだけ苦しくても、生きることが彼女の唯一の使命であり、ミラから託された力だと感じていた。


 前を向いて歩き始めた。


「……外?」


 恐る恐る体を動かし、ずれた扉の隙間から外の様子を覗いた。警報の赤い光と混乱の中、研究員たちが何かに追われるように走り回っている。

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