01-09.絵本の時間

 その日以来、女性は時折彼女の元を訪れるようになった。ほとんどが他の研究員の目を盗んでの短い時間だったが、彼女にとってそれは日々の中で唯一の救いとなった。


 ある日、女性は古びた絵本を手にして彼女の前に現れた。


「今日はこれを持ってきたの。少しでも退屈しないようにね」


「……それは、何?」


 彼女は不思議そうにその本を見つめた。装丁そうていは古く、表紙には動物たちが描かれている。


「絵本よ。物語が書かれているの。小さい子どもが読むものだけど……今のあなたにはちょうどいいかもしれないわ」


 そう言って、女性は本を開いた。そして静かな声で物語を読み始めた。


 それは、小さな鳥が傷つきながらも空を目指して飛び立つ話だった。鳥は何度も挫折し、翼を痛めるが、それでも仲間のために飛び続ける。


「どう? 続きが気になる?」


「……うん」


 彼女は初めて、自分の意思でそう答えた。その物語の中に、どこか自分と重なるものを感じたのかもしれない。

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