01-08.優しい研究員

 背中の翼の痛みは、彼女の意識をじわじわと蝕んでいた。毎日のように行われる検査や調整の中で、人間としての尊厳そんげんも痛覚も無視された存在に過ぎなかった。無機質な手が彼女を扱い、機械の冷たい音だけが周囲に響いていた。


 そんなある日、一人の女性が彼女の前に現れた。


「大丈夫?」


 その声は、これまで聞いてきたどんな声とも違っていた。冷たく命令的な声ではなく、優しく穏やかなひびきを持っていた。


「……誰?」


 彼女はその女性を見つめた。白衣を着ているものの、他の研究員とはどこか違う。眼鏡の奥の瞳には、うれいと温かさが混じっているように感じられた。


「私は、ただの下っ端よ。研究所では雑用みたいなことしかしていないの。でも、あなたのことを見ていると……放っておけないの」


 女性はそう言いながら、彼女の背中をそっと撫でた。翼の付け根には鈍い痛みが残っていたが、その手の触れ方は不思議と心を落ち着かせるものだった。

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