クレーンゲーム

 何んの成果もなく男の五百円を使い切った。僕らの間には紙をくしゃくしゃと丸めるような緊張感があった。

 ガリガリくんが口を開いた。

「あぁ、まあしょうがないわな」

「すみません」

 僕たちが謝ると、二人は案外に寛容だった。

 僕らはあの二人から離れ、一時間ほどして金が尽き、店の駐車場のコンクリートの車止めブロックに座り話して暇をつぶしていた。その時、またあの凸凹コンビがやって来た。

「今日はもうやんないの?」

 アイス棒に言われ、僕はなんだか妙だと思った。何が、とは言えない。それでも、何か妙だった。

「はい、金も尽きちゃったんで」

「ジュースでも買ってあげるよ」

 やはり何かおかしい。このまま僕らを転がして違法な類の薬でも買わせようとしているのだろう。

 僕らが断ると、あっそう、と言って二人はあっさりと去っていった。 

 彼らが去ったのを確かめ、僕らは口に出せず安心を共有した。あれは何だった?


 幼い頃、祖父の家に行くと僕は祖父の書斎で祖父のレコードのコレクションを聴いてばかりいた。ロックンロールからクラシックやジャズ、ファンクまで聴いた。その中でも柔らかく暴力的で美しいビートルズのサウンドが僕を形作った。音楽は僕自身だとさえ思えた。

 中学に入る前に祖父は大量のレコードを僕に遺して自殺した。祖父はいつも幸せになりたくないとばかり言っていた。だから僕たち息子家族が祖父の家で誕生日を祝ったときには嬉しそうに泣きながら、いやだ、いやだ、と何度も止まずに言った。幸せが人をよりよくするのだろうか。幸せが人を不幸にするというのか。それなら幸福など存在しないではないか。

 「しあわせ」

 僕はいつの間にか口に出していた。

 田中が僕の方を見てすぐ青く高い空を見上げ直した。僕らは空ばかり見ていた。

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体の竦むような。 林 常春 @aiuewo_

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