体の竦むような。

林 常春

ジョン・レノン

 最中に放課のチャイムが鳴り、ホームルームは巻きで終わった。鞄に荷物を詰め、田中の席へ行く。彼は比較的長身な図体で机に張り付き、物理のレポートと睨めっこしている。

「あとどのくらいで終わりそう?」と僕が訊いた。

「五分待って。あと考察だけ」

 それまで僕は窓際の席で突っ伏すことにした。たまに空を見ると、雲の割れ目から光が差し、遠くの山を照らすのが見えた。

 田中がレポートを書き終えた。僕も提出に付き合うことにした。

 物理教室へ続く、外に開けた渡り廊下の途中で体育館を横切った。中から練習中の女子剣道部員の甲高い叫び声が聞こえた。

「やばい女の喘ぎ声みたいだな」

 そう言って田中は笑う。

「頑張ってるだけだろ」

「あ、オノ・ヨーコだ」

「え?」

「あの剣道部の声。ずっとオノヨーコが裏で喘ぐジョンレノンの曲があったろ、あれに似てる」

 彼はまた笑った。レポートの提出には間に合わなかった。

 帰宅部員の僕らにとって、放課後は遊び呆けるか勉強するかの二択の他はない。しかし、受験期でもない僕らに勉強する気は毛頭なかった。

「ゲーセン?」

 コンビニで買ったアイスクリームを舐めながら田中が言った。歩行者信号は長らく赤だった。

「しかないだろ」

 僕もガリガリくんをかじり、返事をする。空が汚かった。

「なかなか青になんねえな」

 田中が素早く通り過ぎる車の群れを見ていた。

「ボタン押してねえじゃん」

 と僕がボタンを押すと、住宅街のスクランブル交差点は数秒後停止した。

 小さなゲームセンターの冷房は効き過ぎで半袖のワイシャツに染みた汗が冷たかった。ここに来て僕たちは大抵クレーンゲームとバッティングマシンで時間を潰す。

 長身な太っちょと痩せ気味な男が隣のクレーンゲーム台で遊んでいた。二人ともピアスを開け、眉毛を全て剃っている。カップルがするペアルックのようで少し滑稽だった。

 彼らはなかなか景品が取れないようで機械のガラス面を強く叩いた。僕がその姿を見ていると細身なほうが僕を睨んだ。それにつられデブなほうもこちらを睨む。

「にいちゃん達、これの取り方教えてくれる?」

 デブが僕らに言った。

「僕ら軽く遊びでやってるだけなんで、取れるかなあ」

 ややあって田中が答えた。

「いいよ、一度試してくれたら」

 そう言われ、僕らは彼らが向き合っているクレーンマシンの前に立ち、ガリガリくんが入れる五百円でクレーンゲームを始めた。 

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体の竦むような。 林 常春 @aiuewo_

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