珍しい研修講師を見つけたが!

崔 梨遙(再)

1話完結:2100字

 30代の後半、僕はフリーの採用コンサルタント(採用に関わることなら何でもやった。採用に関わらないことまでやった)として活動していた。ご縁があって、某研修会社の講師をやらせてもらえることになった。そこで、藤堂さんという講師と出会った。藤堂さんに目を付けたのは、僕に無いものを身に付けていたからだ。


 藤堂さんは、元プロカメラマン。そして、劇団の主宰。僕は、藤堂さんは表現のプロだと思った。そこで僕は、“表現のプロが教える○○研修”という新しい研修のイメージが湧いた。内容も考えた。プライド、ブランド、レジェンド、そして“伝説人になる研修”だった。まずはスタッフがプライドを持つ、全社員がプライドを持つ企業はブランドになる、ブランディングに成功した企業からは、必ず伝説や伝説人が生まれる。“伝説と伝説人を作ろう”という研修案だ。表現のプロが講師なので、ターゲットは接客・サービス業にしようと決めた。ここまで、上手く考えることが出来たのではないか? と、僕は自己満足に浸っていた。


 僕達はこの研修のスタート時、某地方新聞に取り上げてもらうことが出来た(勿論、僕の方から売りこんだのだが)。幸先の良いスタートだった。その時の新聞を何十部もいただき、僕達は(というか僕は)その新聞を武器に営業を始めた。


 そこでまず、親しい女性の人事責任者がいるお客様の所へ行った。藤堂さんと2人で行った。女性の担当(責任)者は奥村さん。僕よりも20歳ほど年上だ。いつも毅然としていて、凜としているパーフェクトレディ。採用、研修、教育のプロだった。というより、接客業のプロだった。高級飲食店チェーンの採用と教育を任されているのだから、どれだけ“やり手”か? ご理解いただけるだろう。奥村さんは顔が広い。奥村さんに売りこみつつ、ダメならどこかお客様を紹介してもらうつもりで行ったのだ。まず、この研修の実績を作らないといけなかったから。新聞を1部、持参して。


「……という研修に挑戦したいんです」


 奥村さんは僕とは親しいので、終始笑顔で接してくれる。まあ、長い付き合いだったから、というだけのことだが。そして、奥村さんは厳しい所は厳しい。


「でも、実績はまだ無いんでしょ?」

「無いです。だから早く実績を作りたいんです。貴社でこの研修を導入してくれませんか?」

「それは難しいですね、研修講師として私がいますから」

「奥村さんが研修や教育をしていることは知っています。だからこそ、権限もあると思います。お試しということで大幅な値引きをしますから、導入してもらえませんか? “表現のプロが教える研修”です。無理でしたら、どこか紹介していただけませんか? おっしゃる通り、今は実績を作りたいんです。価格の問題ではなくて」

「うーん、地方紙とはいえ、新聞に取り上げられているのは評価するけど」

「評価していただけますか?」

「新聞社に上手く売りこんだ崔さんを評価しているということです」

「いかがですかね?」

「伝説とか、伝説人って、どんなイメージなんですか?」

「〇〇〇〇(ホテル名)とか、××××(テーマパーク名)のスタッフです」

「その〇〇〇〇や××××の研修担当者が実施するなら売れるでしょうね。でも、崔さん達では説得力に欠けますね」

「なので、繰り返しますが実績を作りたくて焦ってるんです」

「で、こちらが表現のプロの方なの?」

「はい、藤堂さんです。元プロカメラマンで、現在は研修講師、長年劇団の主宰をしている人です。藤堂さんと出会って、私はこの研修を思いつきました。接客サービスの企業をお客様にしたいと考えています。表現力のアップがメインですから」

「藤堂さんに私から一言、言ってもいいですか?」

「はい、どうぞ」

「髪を切れ! 革靴を履け! 人前に立つなら身だしなみを整えろ! ビジネスマンとして当たり前のことや!」


 藤堂さんは、ロン毛で、黒のスーツに赤いハイカットのスポーツシューズだった。


「いやいや、すみません、藤堂さんはこんな感じなんです。これが藤堂さんの自然体なんです。マナー研修ではありませんので、どうかご容赦ください(汗)」


 結局、僕達はダメ出しされて終わってしまった。



 それから少し日が経ち、研修会社で藤堂さんから声をかけられた。


「就職支援研修の幸田さんのバイト先、どこか無い?」

「この前の奥村さんの会社、年中店舗スタッフを募集していますよ。ネットで見てください。あ、これです。店舗の場所もこれで確認してください。バイトだったら、希望の店舗に配属してくれるはずです」

「わかった、ありがとう」



 ところが、藤堂さんは僕からの紹介ではなく、自分の人脈からの紹介として幸田さんに仕事をオススメした。僕は他人の手柄を横取りする奴は許さないので藤堂さんとは縁を切った。同時に、“表現のプロが教える研修”も無くなってしまった。研修の核となる人物が抜けたのだ、仕方ない。当時は本当に不愉快になることが多かった。仕事で誰かと組むとき、相手の人間性を確認しておくことが必要だと改めて学んだ。だが、人を見抜くと言うことは本当に難しい!







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珍しい研修講師を見つけたが! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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