第2話 刑事一課の探偵さん

 一日中PCモニターを眺めていると、「刑事一課の探偵さん」と揶揄される。そういう窓際的な立場の人間はじきに部署をたらい回しにされるものだが、俺の場合は上司に恵まれた。同じ業務を続けて五年を超えている。


 一課で昼夜を問わず現場回りをしていた頃、離別した妻と娘の不幸が原因で心の健康を損なった。休職後は今の仕事を任された。即ち、一課の報告書の作成を始めとした書類や資料関係の作業、全てである。現場の経験という下地があったことも大きいが、資料作成能力を評価していた当時の上司が、推薦したのだ。


 一課の者たちは外回りで忙しい。彼らの代わりに俺が署に残って資料関係雑務のたぐいを一手に引き受ける。それらの作業をしているうち自然と事件について考える。捜査から外されていても気になるものだ。結局のところ、事件に関わることが、好きなのだろう。


 そして報告書を上申する。俺の所見がきっかけとなって解決に至ったこともあったし、俺が資料担当になってから当課の成績が上がったという。上司は当該業務を正式な係にするよう目論んだが俺は賛成しなかった。手柄は要らない代わりにこの業務を続けさせて欲しいと、要望した。


 これだけ長い期間を同じ署の同じ課に居続けるのは異例だ。当の上司も二年前に異動した。しかし彼は顔が広く、俺に関する根回しに抜かりがない。挙げる実績はうまいこと関係者に分配され、対価としてここに居続けているというわけだ。


 読み途中だった調書に再び目を向け次の一文を読む。

「地図が折り紙の恐竜になって追いかけてくる。そして人間を食った」


 信じられないことにこれは、事件の目撃者による証言だった。あまりにも現実離れした内容に理解が追いつかない。つい、関係無い事柄へと意識が傾いていく。

 娘は折り紙が好きだったことを、「折り紙の恐竜」というフレーズでそういえばと思い出す。いつも車の後部座席で何かを作っていた娘の、辿々しい指先の動作が蘇る。それでかわいい声でこう聞いてきたものだ。

「ねえパパ、あと何分で着くの?」


 心の傷を時が癒すというのは嘘だ。今思い出しても感情が込み上げてくる。俺はしばらく涙が溢れ出るのに任せた。そして堪えきれない嗚咽を漏らす。同じフロアーの人達は慣れたもので、声をかけずに放っておいてくれる。ティッシュで鼻をかみ長々と息を吐き、気持ちを落ち着かせた。


 証言はどれも正気とは思えない内容だった。どういう書き方をしても報告書が上司に突き返されることは目に見えている。しかし、これが俺の今の仕事なのだ。意識して感情を隅に押しやり、引き続き調書に目を通す。


 次に、事件の後、病院で事情聴取された女性の言葉だ。

「佐藤が地図になって襲い掛かってきた。佐藤はすでに死んでいたのだと思う。死んでもなお立ち上がるほど、私に怒られることを恐れていたらしい」

 前半の一文については同じ証言をした者が何人か居る。

「佐藤」は、事件があった会社の社員だ。女性はその先輩で「佐藤」の指導にあたっていた。調書からわかるのは「佐藤」に対して熱心に接する様子だった。


「もっと優しくすればよかった。信じてやればよかった。そうすれば会社のみんなは死なずに済んだ」


 何か罪を、感じていたようである。佐藤を決して好いていたわけではないが、かといって酷くいじめていた様子はないのに、だ。重要参考人である佐藤について日頃違和感などを感じていたかという質問に対して、誰よりも詳細に話してくれたのもまた彼女だった。まるで、全ての罪状を吐くから、この事件を解決してくれとでもいうように。

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