第29話 心から思っていること……。
◆◆◆◆
ビュッフェのテーブルから少しだけ離れたパラソルの下、眼の前には大きなプールがあり直ぐにでも飛び込めそうな場所に2席のテーブルをくっつけて座った。
2席とは言え、1席が小さな丸テーブルなのでかなりの密度だ。もしこれが数年前のコロナ禍の頃であれば、役所の人達が「3密を避けなさい!」と怒り始めそうだ。まあ、コロナ禍の頃であればこのイベント自体が開催されていない思うが……。
お互いの自己紹介を終えて、社員の女性4人と灯里さん、夜空さんは、和気あいあいと話をしている、しかし俺は中々会話に入り込むことが出来ない。
というのも、この状況――女性6人に対し男性が俺1人なのは異様過ぎる。女性:6人 対 男性:1人の合コンを行っているようなものだ。
合コンの場合、多少であれば女性が多い方が、チャンスが増えてテンションが上がるだろう。しかし、男性が一人の場合、男性同士で協力して会話に入り込むことが出来ない。余程のコミュニケーション能力を持っている人か、とんでもないイケメン以外、地獄を見ることになるだろう――いや、アパレル業界は女性比率が多い業界だ。せめてアパレルブランドのニュースや流行などを検索しておき、会話する準備を行っていれば違っていたのかも知れない。
何とか会話のきっかけをひねり出そうと考えた所、最近、WEB小説などで男性が極端に少ない世界で目を覚ました男性主人公の物語を読んだ記憶があった。あの主人公はどうやって女性と会話していたか思い出せ……。駄目だ……。彼はたしか、女性達からグイグイと迫られてタジタジになっていた。今のこの状況では、とても期待できそうに無い。
こうなったら、料理やドリンクが少なくなったら運んで来る係に徹しよう。そう考え、自分の持っている皿の料理を平らげてビュッフェテーブルへと向う。すると、後ろから肩を叩かれた。振り向くと俺に声を掛けた黒髪の女性が立っている。どうやら俺の後を追ってきたようだ。
「私の名前覚えていますか?」
「えっと、確か、”千堂 萌華(せんどう もえか)”さんですよね。」
「正解です、一ノ瀬 大地さん。大地さんは今日、初めて合う人が沢山いたので、私の名前なんて忘れちゃっていると思っていました。記憶力が良いんですね。」
俺の短期記憶を総動員させて、頑張って思い出した。そのため記憶力が良いわけではないし、灯里さんと夜空さん、そして千堂さん以外の女性の名前を答えろと言われても答えられる自身はない。
高校の頃に女性人気のあったクラスメイトが「合コンで自己紹介が終わったら、直ぐに必ずトイレに行って女の子の名前をスマホにメモするべし。」と言っていたが、その意味がようやく理解できた。
「そんなこと無いですよ。ここだけの話、千堂さん以外の女性の名前、自己紹介していただいたのに曖昧で……。内緒にしておいて下さいね。あと、何かあればフォローをよろしくお願いします。」
と小声で言うと、千堂さんは目を丸くしてこちらを見て、俺に合わせて小声で話す。
「私だけ……ですか……。嬉しい。ありがとうございます。その……私なんかが声を掛けてしまって申し訳ございません。あの……やっぱり女性ばかりの話って入りにくいですよね。」
正直話しにくいところではある。しかし、目を伏せながら話す彼女に向かって、そんなこと言える分けがない。そもそも、俺がこういう時にネタになるような話を用意していなかったことが原因だ。
「そんなことありませんよ。女性同士の会話なんてあんまり聞く機会が無いので勉強になります。それに、こうして千堂さんと会話出来るだけで俺は楽しいですよ。」
千堂さんは目を潤ませながら上目遣いでこちらを見上げる。
「私とのお喋り楽しいですか……? 私、小学校~大学までずっと女子校だったんです。だから男性とあまり会話をしたことが無くて……。」
「えっ! そうなんですか! 千堂さんって可愛いし喋りやすいから学生の頃はモテモテだったんだと思っていました。」
たぶん彼女は、共学に通っていたら間違いなくモテていたに違いない。清楚系かつ透明感のある顔立ちで年下の俺が言うのもおかしいが、どこか守ってあげたくなるような雰囲気だ。それに――。
「そ……そんなこと無いですよ。」
「いや、そんなことありますって。だって、口数が少なかった俺のことを気にして話しかけてくれる人なんて中々いませんよ。千堂さんって凄く優しい人なんだなって思っちゃいました。それに水着や髪型のセンスも良いですし、これだけ可愛ければ誰だって放って置かないですって。」
千堂さんは耳を真っ赤にしながら俯いてしまった。どうしたのかと思い千堂さんのことを覗き込もうとした瞬間、後ろから声を掛けられた。
「ウチの社員を口説くのは良いけれど、寿退社は待って頂戴ね。彼女、優秀だから。」
振り返ると、夜空さんが腕を腰に当てて仁王立ちしている。その隣で灯里さんが頭を押さえていた。
「料理を取りに行ったっきり帰ってこないから、何かと思えば……。」
夜空さんは何故か不機嫌だ。俺は「別に口説いている分けでは……。」と弁明すると、灯里さんが割って入ってくる。
「たぶんアレ、私のせいかも……。昔から『人の良い所は褒めて上げなさいね。』って言って育ててきたの。そうしたら、あんな感じに……たぶん大地に口説いているつもりはなくて、心から思っている事を言っているだけなんだと思う……。」
「心から思っていること……。」
千堂さんは俯いたままポツリと呟いた。
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